コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

後期の大学が始まった。

後期の大学が始まった。
 
 
 
いろんな人たちが大学に久々に集まってきている。
 
夏休みは閑散としていた場所が再び賑わっている。
 
 
 
2年生の頃、ひとりぼっちでいた頃はあまり大学の人混みが好きではなかったけど、気持ちにゆとりが出てくると何だかこの賑わいもいいもんだなあと思うようになった。
 
 
 
そういえば、今まで誕生日を大学で迎えるということがなかったのだけど、
今年から夏休みの終わりが早くなったので、来週の誕生日は授業を受けながら迎えることになりそうだ。
 
 
それにしても、高校生の頃は周りも部活をしていたから肌の色が焼けても何も気にしなかったけど、さすがに体育会もないこの大学では、夏休みの間ずっと走っていた僕の肌の色は少し浮いている気がする。
 
 
自分がそう思い込んでいるだけかもしれないけど。
 
 
 
 
こないだ入学したと思ったら、4年間で8セメスターあるうちの7セメスターが終わり、これから8セメスターが始まる。僕はこれで終わらなそうだけど…。
 
 
 
大学4年生ってもう少し大人だと思ってたけど、実際になってみるとまだまだ自分は幼いなということを突き刺さってくるように感じさせられる。
 
 
でも、ここに来るまでバスの中でふと考えていたんだけど、昔は異様に拒絶していたものが、今はまあそういうのもあるよねって言えるようになった。
 
 
 
 
良いとか、悪いとか、そういう基準ではなくてフラットな目線で視ることができるようになった。
 
 
 
意識高いとか、就活がどうとか、パリピな人たちとか、何かを括ってそれを自分の世界から排除しないと自分という存在に危害が加えられそうで怖かったのかもしれない。
 
 
 
でも、実際のところ、そんなのありえない。
誰も危害を与えようとしていないし、ディスろうともしていないし、なんならそんなに他人には興味がない。
 
 
 
 
 
不思議なもんだ。
 
 
 
 
 
 
走っていてスピードが乗っていく毎に、自分の視界、耳からノイズがなくなっていくように、自分の作りたいものを作っていると不思議と周りの雑音がなくなっていく。
 
 
 
 
話が脱線するけど、最近facebookでビジネスの話をしていた先輩がいた。
 
 
飲食店を失敗させてしまう人の理由みたいな、そんな記事をシェアして書いていた。
 
 
 
 
哲学が大事で、自分はビジネスという以上に芸術家でありたいとその人は言っていた。
 
 
今やっている活動がビジネスとしてお金が回る仕事になったらいいとはもちろん思っているけど、やっぱり僕たちが目指すのはその先のこんな社会にしたいとか自分たちがこうなりたいという、大きなキャンバスに絵を描いたり、ものを創っていくアーティストなのだとその人の話を読んでいて思った。
 
 
 
 
 
他人のことを気にする前に、自分の作り出すものに精神を割きたい。

一番最初に聞きたい理由があった

新しく始めるプロジェクト tasuki -想いを繋ぐメディア- のトップバッターとして、大学1年から3年にかけて一緒に活動していた山本くんへ取材をしてきた。
 

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彼はsirubeという会社を6月に立ち上げた。
 
 
 
山本には一番最初に聞きたい理由があった。
 
 
 
 
ここに到るまで、ずっと悩んできた。
 
 
 
 
彼と一緒に活動していた頃からメディアをやりたいという話はしていた。
 
でも、自分に自信が持てなかった。
 
 
客観的にみれば「時じゃない。」ということだったんだと思う。
だけど、当時は周りにいた人間を振り回したし、自分の中でも決断できないことが続いた。やりたいという気持ちはあるけど、それを具体的な行動にできる自信、続けていくエネルギーがなかった。
 
 
 
それから、1年半という時間が流れた。
団体を立ち上げてからは、2年という時間が過ぎた。
 
 
かなり時間が経ってしまった。
その間、今にして思えば僕自身が覚悟を決めるための道だったのだと思う。
 
 
 
 

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当時はまだ、本気でやりたいという気持ちよりも、成功するかどうかという気持ちの方が先行していた。実際には、その先を自分にはまだまだ描けていなかったし、続けていける自信もなかった。
 
足元ばかり見ていて、真っ直ぐ先を見れずに迷ってた。
 
 
 
そして、何よりその頃は周りばかり気にしていた。
有名な人たちや、自分の先を行く人たちを見て、自分はこれだけのクオリティを残せるのか、実績を出せるのかという考え方だった。
 
 
有名な事例にもなっているWebメディア、自分の先を行くプロジェクトを動かしている人たち、有名なライターたち。 
 
 
足元ばかり見ているのに、気にするのは遠くのことばかり。
 
 
 
もちろん、ずっと今の今までそういう考え方をずっとしてきたわけではないが、ここに来るまであまり自分自身がアクションを起こす『マイプロジェクト』という意識を持てずにいた。
 
 
 
その間、同世代の人たちはいろいろなところで活躍していった。そりゃ、何も形にできていない自分は焦りに焦った。
 
 
自分にとっては、彼もその一人だった。
 
僕は悔しかった。
 
 
 
 
自分はこれだという物を持っていなかったからそれが悔しかった。
 
 
自責というよりも他責の思いのほうが積もっていた。
 
一緒に頑張っていた時代があるのに、なぜ僕は何ひとつできていなくて、彼らは表にいるのか。
 
 
 
でも、僕は何もできなかった。何も起こせなかった。
どれだけ、SNSを通して同世代の活躍を見ようと、それを見て嫉妬の気持ちを募らせようと。
 
 
 
 
僕が最後の最後、自分自身の想いに従おうと決めることができたのは今年の夏だった。
 
 
 
それは、嫉妬じゃなくて自分が愛せるものを創りたいと思ったことだった。
 
 
稼げるかどうか、周りにレベルで勝てるかどうか、アイツはこれと思われるかどうか、どうせ何をやっても結局そんなことがついてこないのだとしたら、そんなことに固執している意味はないのではないだろうか、そう思った。
 
 
 
 
 
そう思い始めてから初めて、それまで出てこなかった納得できる名前が出てきた。
それが、tasukiだった。
 
 
 
自分の想いを込めることができる名前になった。
 
 
 
 
 
 
tasukiという名前の通り、僕は一番最初に襷を繋ぎたい人として、山本に声をかけた。
 
 
 
当時、僕自身のビジョンや想いを伝えてきたのも、自分の不甲斐ない姿を見せてきたのも一番近くで動いてきた山本という人だったから。やっと僕が形としてではなく、自分の想いとして一歩踏み出せるということを伝えるのは彼が一番最初でありたいと思った。
 
 
 
そして、何よりもこの1年半という時間を、羨ましく見ている観客としてではなく対等なプレイヤーとして、彼がどんな道のりを歩んできたのか、そしてこれからどこに行こうとしているのかを聞いてみたかった。
 
 
 

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当日、取材は『前のを書いてから3年になるの?』という彼の驚いた声から始まった。
 
 
 
そう、彼には一緒に活動を始める前、大学1年の秋に一度コハタのコトバで取り上げたことがあった。
 
 
それから3年の時間が経っていた。
 
 
 
話は少しぎこちない感じから始まって、徐々に熱く語り合った頃のような熱を帯始めた。
 
 
 
 
2時間半という時間の間、多くのことを語った。
 
 
彼がどんな時間を過ごしてきて、そこでどんな景色を見てきたのか、どんな気持ちを抱いたのか、そしてこれからどんな場所へ行こうとしているのか。
 
 
 
別々の道を歩もうと決めた時、僕は怖かった。
全く違う景色を見ようとしていく彼がどんどん離れていくことを。
 
 
 
 
でも、今回はとても楽しかった。
 
 
 
 
彼は最後にこんなことを言った。
 
 
「お互いのつくるものを純粋に『いいよね』って言えるようになったのが成長したよね」
 
 
 

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初めて別々の道を歩き始めて良かったと感じた瞬間だった。
 
 
 
 
さて、この受け取った襷を届けるために、早く記事を書かなければいけない。
 

積み重ねることの大事さ

高校3年生から大学4年生に至るまで、いろいろなプロジェクトをやってきた。
 

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くじらステーション、東北高校生未来会議、大学1年の時に起業しようとしたこと、ブログ『コハタのコトバ』、SFC生と共に取り組んだプロジェクト、おしゃべりカフェ、東北ソーシャルアクションエンジン…
 
 
小さなものを含めたら、数え切れないくらいだし、自分が代表として取り組んだものだけなので、フォロワーとして関わったものを入れるともっともっと多い。
 

続かなくたっていい、と思ってた

 
 
昔は、
 
『続いていかなくてもいい、違うと思ったら辞めればいい。』
 
 
と短絡的に考えていた。
 
 
 
その背景には、高校時代のプロジェクトで引き継ぎがうまくいかず、引き継いで続かせるくらいなら、自分がやって続かないところで潰せばいいというふうに思っていた節があった。
 
 
もちろん、やってみて違うなと思ったら、違う方向へ修正するということも必要だと僕は思う。
 
 
しかし、今の自分がそういう年代ではなくなってきたということも確かだ。
 
今はもう少し違う考え方をするようになった。
 
 
それはここ最近の失敗だったり、陸上長距離という競技が生活に戻ってきてからだ。
 

続けることが結果を生み出す

 
 
陸上長距離という競技は積み重ねの競技だ。
小手先の何かで、道具ひとつで、一瞬でスピードが変わるような世界ではない。
 

 
もちろん、何かの拍子に調子が上がったり、いいタイムを出すことは多々ある。
しかし、それは水面下で続けてきた貯金が一気に結果として現れただけ。
 
 
 
 
弛まず続け、積み重ねてきた過去がなければ、良い未来は現れない。
 
 
 
長距離は何もやらない時期が続いて、5000m15分台は出せない。
走り続けなければ、期待する結果は出せない。
 
 
 
例えば、1日で100km走ったという24時間テレビのマラソンみたいなのは結果として分かりやすいかもしれない。
 
 
でも、僕が求めているのはそこじゃない。
 
5000mで15分台を出したい。
もっといえば、人生で一度でいい、14分台を出してみたい。
 
 
そうするには、やはり続けるしかない。
 
 
高校2年生の時に怪我をしたことを思い出して僕は思う。
 
『一時の無理は暴走』だ。
 
 
 
痛みを隠してでも出るということは、なんだかかっこよく見えるかもしれない。
でも、怪我をしてしまったら、続けることはできない。
 
 
復帰するまでに、今まで積み上げて来たものがチャラになってしまう
 
 
 
 
 
だからこそ、結果を残すためには、流れるように続いて行くことをやらなければいけない。
 
 

結果を出す人は続けている

 
 
振り返ってみると、僕の先輩で箱根駅伝常連校に進んだひとがいた。
その人が怪我をしたところを僕は見たことがない。
 
 
結果を残す、成長をしていく人というのはそういうことなのかもしれない。
 
 
 
 
1日で100kmを走ったとしても、100kmは100kmでしかない。
例え、1日10kmだったとしても、それを1ヶ月続ければ250km(休養を入れた場合)になり、1年になれば3000kmになる。
 
 
続ける事こそが、次の可能性を生み出す。
 
 
 
 
高校生や大学1年生くらいの時は、打ち上げ花火的な事をやることが凄いことだと思っていた。
 
 
 
 
もちろん、それが「悪い」と一概に括れられるものではないし、一定の社会的効果があることもあるだろう。
 
 
 
 
ただ、僕にとっては結果的に違和感を持つきっかけになった。
短期的に成果を残せたとしても、それは一時的なものだし、何より自分へのダメージが大きい
 
 
 
 
燃え尽き症候群になってしまう自分がいたし、そうやって去っていた何人もの人を見てきた。
 
 
 
逆に、僕が見てきた東北のトップランナーとなっている人たちは逆だった
 
 
 
 
できることを、周りと関係し合いながら、ジワジワと1年、2年と続け、震災から6年半もの間続けてきた。
 
積み重ねてきたことが、今の結果に辿り着いている。
 
 

 

きのう書いた、底上げの矢部さん石巻で活動するイトナブの古山さんのことを見たり、そういった人たちと話したりしているとそれが顕著だなと思う。
 
 
 
震災から6年半、矢部さんは気仙沼の底上げやアショカで全国を飛び回り続け、アクションを起こす若者に触れ続けてきたからこそ、次のステージという可能性が見えてきているのだと思う。
 
 
 
やっぱり、本当に社会にグッドインパクを生み出したいと思ったら、走り続けるしかないし、それが一番の近道なのだと思う。
 
 

小さな一歩、大きなビジョン

 
箱根駅伝3連覇を成し遂げた、青山学院大学の原晋監督も「目標は高いほうがいいけど、具体的なアクションは半歩先を描く」と言っている。
 
 
今の自分にできないアクションを描くことは、暴走だと。
 
 
 
たしかに、今の自分が踏み出す一歩は小さい。
想いを伝えるメディアをつくる。
 
 
それを一歩、一歩続けて行くことで、周りの若者が一歩踏み出すきっかけを生み出す未来に近づけたらいい。
 
 

最後に、このブログを続けて2年

 
思い出したように書きますが、この『コハタのコトバ』というブログをはてなブログで書き始めて、9月で2年を迎えました。
 
 
もともと、Wordpressで3年前に始めた『コハタのコトバ』ですが、このブログになってからは2年です。
 
 
約140記事ほどを書いてきました。
かなり拙い文章が多く、時には心機一転しようとブログのプラットフォームを変更したこともありました。
 
 
 
僕はそれでもここへ戻ってきました。
 
それは、まさしく今日のテーマ『積み重ね』という意識。
 
 
 
急に何かが変わることはない。見えるものは、そんな一瞬には変わらない。
自分のアクションを続けることだけが、気づいたら後ろを振り返ったら変わっていた、壁を壊していたというだけの話。
 
 
 
僕が陸上長距離で大好きな、大迫傑選手があるインタビューに残した言葉。
 
 
 
再び陸上長距離をやり始めてから、そんな意識が強くなっています。
 
 
 
 
 
それに気づいてから、ここへ戻ってきて、書き続けています。
 
 
『ブログ』というのは、ログというだけあって、記録していくもの。
自分が長く、長く続いてきたなかで、どんなふうに成長していったのかを後になってから過去を振り返るためにも、むしろ拙い文章こそを残したほうがいいのではないかと思って残しています。
 
これから先、僕はどんな生き方をして、どんな言葉を残していくのだろうか。
 
 
自分でもまだまだ分からないですが、真摯に言葉、行動と向き合って残していきたいと思います。
 
 
 
今日は、陸上競技とプロジェクトの話を絡ませて、積み重ねるということの大事さについて考えました。

身を置く環境で人間は変わるよね

きのう、底上げの矢部さんと一緒に仙台市陸上競技場で練習してきました。
 

 

矢部さんについてはこちらから

 
一緒に走る約束をしていて、矢部さんの仙台の家に行くと陸上競技場って誰でも使えるの?」と聞かれ、お金払えば使えますよと言ったら「じゃ行こうよ!」となり、走ってきました。
 
 
シューズも今までのシューズから、今回はレース用に買ったNikeルナスパイダーR6を初の長距離使用。

実に、4年半ぶりに買ったレーシングシューズです。
 
 
 

初めての陸上競技

 
 
きのうは大学生や高校生が多く練習していて、長距離の選手もかなりいたので、走るにはちょうどいい日でした。
 
 
 
矢部さんにとっては初めての陸上競技
 
 
最初からかなりはしゃいでました。
 
隣でそれを見ていて、こっちまで楽しくなってきて。
 
 

8月27日 オトナのタイムトライアル1500m最終組

 
 
そういえば、初めて赤いタータンを踏みしめた時、中学生の時初めて県大会に出るために宮城スタジアムに行った時、高校生の初めての県大会で仙台育英の選手を見たあのゾクゾク感に近いような気がする。そんな気持ちを久しぶりに僕も思い出した。
 

 

スピードに乗った

 
 
キロ4分くらいで5kmのジョグを一回終わらせてトイレに行ってから、中に入ってみます?とトラックの外から中に入って走り始めた。
 
 
 
 
最初はそこまで上げるつもりがなかったんだけど、自然と上がったペースを維持させて5000mほど走ったらタイムが18分50秒だった。
3’52”-3’44”-3’47”-3’47”-3’40”が1000m毎のラップタイム。
 
 
 
最後の1周半を矢部さんが足の痛みで抜けてしまい、ひとり旅になったけどスピードに乗れていい練習だった。
 
買ってから初めて長い距離を走ったレーシングシューズでとてもいい感覚を持てた。
 
 

身を置く環境で人間は変わるよね

 
走っている最中に、トラックにいる他の陸上選手たちに刺激を受けながら矢部さんが言っていた
 
『身を置く環境で人間は変わるよね。』
 
 
という言葉がとても印象に残った。
 
 
 
競技場から帰ってくるときに、これからのレース予定をお互い話しながら、僕らは誰に勝ちたいんだろうねなんて話をしていた。
 
たしかに。
 
 
 
本来なら、ソーシャルな活動をしている人たちで、別に走る必要性なんてない。
でも、僕たちは何かに勝ちたくて、自分自身に勝ちたくて走っている。
 
そうやって、みんなが本気になって、自分で目標を決めて走ったり、毎日10km走ったりしている。
 
 
 
それがまた、僕は楽しい。
 
 
 
 
見ていく人たち、身を置く環境は陸上競技も活動も上を目指していきたい。
 
 
最後に、今後のレース予定を掲載します。
 
 

出場レース・予定

 
10月21日(土) 平成国際大長距離記録会 3000m(目標:9分50秒)
11月18日(土) 仙台市長距離・マイルリレー競技会 5000m(目標:16分30秒)
12月3日(日) いわぬまエアポートマラソン 10km(目標:34分30秒)
12月23・24日(土・日) 底上げマラソン2017(目標:100km走破)
 
 

最初の一歩を踏み出せるのは、キミだけなんだ。

僕が大好きなNikeのCMがある。
 
 
 
たしか、僕が大学1年生の頃に作られたCMだったと思う。
 
 
当時、スポーツメーカーのCMとしてこんなにもメッセージ性が高いCMは他に見たことがなかったし、何よりアクションを起こす僕たちにとっても全く同じことが言える話だったので、何度も何度もこのCMを見た。
 
 
 
動画の一言目『キミをやる気にさせるにはどうしたらいい?』という言葉から始まる。
 
 
スノーボード平野歩夢から火花を出してみたり、いろいろなスポーツ選手のパフォーマンスを見せたり、チアの応援やバンドを用意したりする。
 
 
そして最後。
 
 
だけどこんなの全部、本当に必要?
 
キミがやりたいことはキミしか決められない。
最初の一歩を踏み出せるのは、キミだけなんだ。

 

 
と、言われる。
 
 
大学1年生だった自分にとっては大きな刺激になっていたが、3年の時間が経ち大学4年生になった自分にとって、はたと気付かされた一番大切なことだった。
 
 
ついつい、僕たちは何かをやるために、必要以上のものを求めてしまう
 
かっこいいシューズが必要だよね。レース用のシューズも必要だよね。ウェアも必要だ。
応援してくれる人もいてほしい、注目してほしい。
 
プロジェクトであれば、お金が必要だ、カメラが必要だ、仲間が必要だと言って、一番大事なところから外れていく。
 
 
僕はそういうことを実際やっていた。
 
それが如実に現れたのが、ここ2年くらいの出来事だった。
 
 
 
大きく見せているけど、本当の自分の中では自信がなくて、具体的に何をやるのかという以外のことに目が行ってしまい、シンプルにできなかった。
 
結局、過去にすがりたかった。
 
 
 
 
一歩踏み出す僕たちにとって、一番必要なことって何だろう。
僕は、この4年間でいくつかのプロジェクトをやってきて、学んだことがある。
 
結局、なんであれ、自分はやるんだという『覚悟』だけが必要だということ。
 
 
何かを得ていく、それはお金かもしれないし、道具かもしれないし、応援かもしれない、仲間かもしれない。
 
 
そういうものは、自分がやるという覚悟を持った人間に集まってくる。
 
結局、僕が何を言いたいのかというと、始めるときに必要なものは物質的なものはあまり必要ない。最低限のものがあれば、できる。
 
 
 
これは、自分の燻ってきた経験から強く、強く思う。
 
 
 
そういえば、僕の先生が言ってた。
「社会は挑戦するものに手厚い」と。
 
そう気づいたとき、僕は4年を経て少し前に進めた気がした。 
 
 
 
このCMについてブログに書こうと思い、いろいろ見ていたら、ナイキ社と契約しているスポーツ選手それぞれのメッセージが載っている写真を見つけた。
 
そこにはもちろん、今年の陸上日本選手権10000mで優勝した大迫傑選手(現在、ナイキオレゴンプロジェクト)のメッセージもあった。
 
 
その言葉を引用して、今日も僕は走ってこようと思う。
 

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(画像出典: Nike Japan より)

 

どうすれば キミは一歩を踏み出せるのだろう
ぼくはキミのペースメーカーになることはできる
「勝ちたい」という気持ち以外誰も助けてくれないことも話せる
だけど ぼくは キミじゃない
キミがやりたいことは キミしか決められない

 

大迫傑選手(陸上)日清食品グループ

 

今日だけは語らせてほしい

日本の陸上界に激震が走った。
 
いや、もしかしたら今日の出来事はきっと世の中的にも話題になったのではないだろうか。
 
 
陸上男子100mの桐生祥秀選手(東洋大)が日本人初となる9秒台の記録を出した。

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(画像出典:ASICS Japan Twitterより)

 
僕は午後まったく見ていなかったiPhoneを開くと、スマートニュースのアプリ通知で『桐生が日本人初の9秒台』という見出しを見て、初めて知った。
 
リビングでひとり「ええ!」と大きな声を出して驚いてしまった。
慌てて、ツイッターを開きつぶやいた。
 
 
どうやら、本当に9秒台が出たらしい。
追い風参考でもない、公認記録(2.0m/秒以上の追い風の場合、参考記録として扱われる)として。
 
 
いろいろなマスコミ、Webメディアがその様子を伝えている。

 

 

ツイッターのトレンドはほぼ桐生祥秀一色となった。
 
 

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いつもは陸上の話題など話さなそうな人もそのことをシェアしている。
 
それほどの出来事だった。
 
 
 
彼の名が世の中で認知されたのは、2013年4月、まだ高校3年生だった時に9秒台まで0.02秒に迫る10秒01を出したことだった。
 
 
 
今でも覚えている。
 
僕が高校時代、結果的に最後のレースとなった大会の翌日、
ツイッターを見ていてその様子が伝えられた。
 
 
 
もちろん、僕のようなぺーぺーな陸上部員から見たら、彼は遠い遠い遠い存在だった。
 
遠い存在だけれども、同い年の彼が十数年破られたことのない記録に挑戦する土俵に上がったことに、嬉しさを感じた。
 
 
 
その後、僕は陸上競技から離れる決断をしたが、トラックから離れても陸上競技の情報はずっと追ってきた。
 
 
 
あの日から4年半の月日が流れた。
 
彼はその間、スーパー高校生として、第一人者として『9秒台が出るか』という報道、そして世間の目を一身に背負ってきた。
 
 
 
出るか、出るかと言われ、その度に惜しい記録が続いてきた。
そして、その4年半が過ぎるなかで、日本人初の9秒台を出す可能性のある選手は6人に増えた。
 
 
 
2017年、ロンドン世界陸上の選考会となった日本選手権では、
年下のサニブラウン・ハキーム多田修平リオ五輪でバトンを繋いだケンブリッジ飛鳥に先着を許し、個人種目での世界陸上出場は叶わなかった。

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(画像出典:CYCLEより )

 
 
9秒台に一番近い男だと言われてきた、今年こそ、9秒台は時間の問題だと何度も言われてきた。
 
 
にもかかわらず、走っては惜しい記録が続き、ついには世界の舞台に挑戦することすら許されなかった。相当な悔しさを持ってきただろう。
 
 
事実、今日のレース後には『やっと4年間くすぶってきた自己ベストが更新できた』と語っている。
 
 
この時間が流れる間、ずっと第一線で挑戦し続けてきても、レベルの高い記録を出し続けても「くすぶって」いた。
 
 
 
彼が日本陸上界の頂点に立ち、世界の舞台で何を見てきたかは、到底僕には知る由もないほどのことだろう。
 
しかし、同い年の人間として、何かをやってきた人間として、この4年の間燻り続けてきたという思いは僕も分かる気がする。
 
 
 
1年半前のことだけど、
2013年、高校3年生の時に出た全国高校生MY PROJECT AWARD(通称、マイプロアワード)の同期の友達が言っていた言葉がある。
 

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『私は「マイプロ」のような世界を知ってしまい、何か自分も社会のためにしなければ!という謎の使命感をまとったおかげで、とてつもなく病みました。
 
私だけではなく、他の仲間も同じく病みました。時には「もうこういうの辞めてしまいたい。降りたい」と思うこともありました。
 
(中略)
 
「自分が病んだ時にそれでも立ち上がれたのは、この人達といつか一緒に仕事がしたいから、苦しくても悩み頑張り続けたい」と私も…』
 
 
まさに、僕にとっての『燻ってきた』というのは、これだった。
何かをしなければ!という想い、使命感を持ったが故に病んできた。
 
きっとこれからキラキラした世界が待っているんだろうと思っていた。
 
でも、現実は違った。
 
行動するけど上手くいかない、なんのために行動してるんだっけ?もう降りたい…と目的を見失い、暗闇から抜け出せないと思うこともあった。
 
 
 
彼の経験と僕の経験は、あまりにも大きさが違う。
 
そこに投影したところで、自分の経験が大きくなるわけではない。
 
 
 
でも、あの日10秒01というタイムを出し「9秒台への使命感を纏ってきた」からこその苦悩であり、4年間だったと思う。
 
彼が『世界の舞台でファイナリストになりたい』という自分自身の想いを捨てずに、見失わずに続けてきて、その舞台へ上がるための9秒台というタイムをついに出したというのは、自分にとって奮い立たされた。
 
 
そんな気持ちを持っていたからこそ、決して会ったこともない人だけど、日本人で初めて9秒台の世界に入る人間が桐生祥秀でよかったと僕は同世代の人間として、物事に向き合ってきた人間として、陸上ファンとして思った。
 
 
 
彼とともに日本の100mを引っ張ってきた山縣亮太選手は「9秒台を出すことは手段に過ぎない」と語っている。桐生選手も今日のレース後「突破してからが世界のスタートライン。」と言っている。
 
ここからが、やっと自分自身の勝負への道のりだ。
 
 
 
本当に、大きな大きな刺激を受けた1日になった。
 
僕も小さなアクションだけど、目的に向かって行動を起こして、仲間と一緒に仕事ができるような人間になりたい。いや、なってみせる。
 
 
夢を、刺激を与えてくれてありがとう。
 
 
桐生祥秀選手、9秒台本当におめでとうございます。

本気だすという言葉のふわふわ感

きのうは大学でゼミがあって、卒論の進捗報告をしてきた。

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外は雨模様だった。
 
 
それにしても、去年一つ上の人たちの卒論をやっている様子を見ていたときは、
自分はきっといけるだろうなんて思っていたけど、今ではまったくいける気がしない
 
 
 
卒論で先輩たちが悲鳴をあげながら書いていた理由がやっと分かった…。
 
 
第一、僕はテーマを大学に入ってから『これで書こう。』としていたことから、夏場に行き詰まりを感じて変更した。
 
もともと僕は『若者に対する地域人材育成の効果』について書く予定だった。
 
 
つまり、震災後に被災地などで活動している教育NPOの活動によって、どのようにまちづくりに対して効果が出ているのかというのを書こうと思っていた。
 
 
しかし、実際に書き始める時期になると、果たして自分が書きたい、知りたい内容なのかという壁にぶち当たった。
 
 
自分自身が団体で行っているプロジェクトについて「これなのだろうか。」という行き詰まりを感じていたということ、ゼミの中でまちづくりと若者についてのテーマを書く人が3人いたということがあって、いろいろと考えているときに「やはり、自分はメディアについてやりたいのかもしれない。」と思い、メディアとまちづくりについて書くことにした。
 
この大学に入ったときに書いた志望理由書には『メディアをつくる人になりたい』と書いたくらいだ。

という話は「予告的なやつ」に書いた通りだ。

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

 
 
 
とはいえ、である。
 
なかなか、どこからやっていいのか分からない。
行き詰まりすぎている…
 
さて、ここからが本題だ。
 
 
だいぶ、本題に来るまでに時間がかかったのだけど、
大概僕たちはこういうとき「やばい。ちゃんとやらなきゃ。」もしくは「本気出さなきゃ。」と言ってしまう。
 
 
おそらく、これは高校生の頃テストが返ってきたときも言ったと思うし、
プロジェクトがうまくいかない時も言ってきた。
 
 
そろそろしっかりとそういう言葉を発する自分に対して、
自覚を持たなきゃいけないと思っているので、敢えてこの記事を書いているんだけど、
 
 
『ちゃんとやらなきゃ』と言って、その後ちゃんとやった試しはないし、
 
『本気出さなきゃ』と言って、本気を出した試しはない。
 
 
 
 
別に、こういうことを思うことが悪いとは思わないし、今日から本気出そうと、明日から本気を出そうと変わらないのだけど、やらなければいけないことはやらないといけない。
 
 
第一、ちゃんとやらなきゃと思ってやれるなら、今までだってちゃんとやってきた。
 
ちゃんとやるための方法が分からないからちゃんとできないんだ。
 
 
もっと言えば、ちゃんとやるための手始めの行動で何をしたらいいのか分からないから、結局「ちゃんとやらなきゃ。」という言葉でまとめるしかないんだ。
 
 
苦しい話だけど…。
 
 
この数年の一件から学んだことは、
ちゃんとやりたいと思うなら「ちゃんとやらない」ことを意識するほうが近道だと思うし、本気を出したいと思うなら「本気を出さない」と意識するほうが近道なのだと思う。
 
 
前のブログでも書いたけど、
朝起きて10km走ろうと思うと本当にだるい。
 
なので、まずは着替えるという簡単なところからやっていくと、気づけば3kmくらい走っていて、5kmまで、8kmまで、10km走っていたということになっている。 
 
 
ちゃんとやろうと思うと、モチベーションが高い時はそれで乗り切れるのだけど、
ちゃんとやりたくないと思った瞬間、一気に潰れてしまう。
 
 
なので、ちゃんとやらなくてもできることをまずやってみる、というところから始めるとちょっとできる。
 
ちょっとできたら、もうちょっとというふうにやっていく。
 
 
そうすると気持ちが乗ってきて、よし頑張ろうとなる。
つまり、本気を出すのは行動を起こしてからゴールに向かうまでの段階で出せばいいのだと思う。
 
 
まあ、そんなこんなで、
卒論もやらなければいけないので、自分を監視してもらうためにも、進捗の様子をブログにも書いていこうと思う。
 
 
今日は、きのう研究室から借りてきた先輩の論文を読んでいる。