コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

終わる。始まる。

おととい、祖母が亡くなった。

 

夜に自分が家に帰る数分前に呼吸をしなくなったらしい。

 

祖母は2年半くらい前から寝たきりになり、介護が必要な状態になっていた。去年の夏くらいからは何も食べられなくなり点滴で栄養を取り、喋ることもほとんどできなくなっていた。

 

秋くらいからは今月を越えられるかどうか…という話も家族のなかでチラホラ出ていたから、12月の誕生日を越えて、年も越したことを考えればけっこう頑張ったんだなあ…ばあちゃん…って思う。

 

数日前からそろそろ危ないかもしれないと言われていたから、帰ってきた自分に母親から「ダメかもしれない…」と言われて驚きはしなかったが、その日の昼間にあった嬉しいことやこれからのことを考えながら帰ってきただけにギャップが大きいな…とは思った。

 

不思議と悲しいとか、寂しいとか、そういう感情は起こらなかった。

 

ただ「そうか、人生はいつか終わる時がくるのか。。。」ということをまざまざと見せつけられた気がした。何気なく家から出かけてったその日、帰ってきたらひとりの人生が幕を閉じている。なんだって、確実に終わりは来る。

 

ずっしりと自分の気持ちに乗っかった。

 

 

昔から僕のことは応援してくれた。小学校の運動会で走る自分も、中学校の駅伝大会で走る姿も、高校で陸上をやる自分も、テレビに映る自分も、大学合格が決まった時も嬉しがってくれた。

 

僕が活躍することを期待してくれていた。

 

 

不思議なことだけど、一緒に暮らしてきた祖父も祖母も自分にとっての次が見えてきた頃に亡くなっている。

 

じいちゃんが亡くなったのは僕が中学3年の秋だった。

 

 

いろんなことに悩んだ中学2年を抜けて、進みたい進学先も決まり、陸上や駅伝を夏にやり始めて高校でも陸上をやろうと決心した秋口にじいちゃんは亡くなった。

 

思い出してみると、駅伝を始めたのはじいちゃんの影響もあるかもしれない。

 

じいちゃんは高校生(たぶん戦後まもない)時代に駅伝を走ったのだという。だから、家ではたまにじいちゃんがマラソン中継を見ていた。

 

その当時はあまりマラソンを見ていて面白いと思わなかったけど、運動会も持久走大会も自分が走る姿を見てじいちゃんもばあちゃんも応援してくれた。

 

 

応援してくれるのが嬉しかったから、走ることが好きになった。最後に応援してもらったのは、夏休み直後の駅伝大会でアンカー区間を走る自分の姿だった。

 

それから次が決まってきて、頑張り始めた自分に安心してくれるかのように、秋に入って祖父は亡くなった。

 

 

祖母もこの2年間ほどは、大した会話もできなかったけど、どんなふうに自分を見ていたのだろうか。

 

 

時を同じくして、この2年ちょっとの時間は僕自身もモヤモヤしてきたから、家族にもそれなりに心配をかけてきた。ばあちゃんも何も喋れなかったけど、僕のことを心配してくれてたのかもしれない。

 

 

奇しくも祖母が亡くなったのは、駅伝部のメンバーに一人目が加わって喜んでいた日の夜。この記事を書いた3時間後だった。

 

 

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

分からない。家では、もう一回4年生をやるんだという話と駅伝部を作りたいという話を掻い摘んでしたくらいだ。それ以上は特に話していない。

 

だから、それを祖母が知っていたかどうかはもはや僕の想像としか言えない。

 

 

でも、もしも僕が僕なりに答えを出して進み出したこと、想いを現実に変えていく姿に安心してくれたなら、それはとても嬉しい。

 

 

僕が競技復帰した時、駅伝部を立ち上げようとした時に思ったことは、

 

「自分の人生が終わる時に、あれを全力でできなかったなとは思いたくないな。」

 

そう思って、行動を起こした。

 

 

長らく意識してこなかったし、終わる時何を思うかなんて遠すぎて一体何を思うことが納得のいく終わり方なんだろうと漠然としていたけど、人の死というのを身近に目の当たりにして、絶対に終わりが来るのだとしたら自分の想いを体現した方がいいと思った。

 

前の記事にも書いたけど「身体は『想いの乗り物』」だ。

 

自分の想いを最大限、カタチにするために走った方がいい。

 

そんなことを、思う。

 

 

何かが終わる時、また何かが始まる。

 

人生は度々、長距離やマラソンにたとえられる。しかし、人間は一人で生きているわけではなく、いろんな人間と影響しあって生きている。

 

そういう意味では、襷を受け、次へと運ぼうと進む「駅伝」にも似ているのかもしれない。

 

 

自分は「自分の走り」をする。

 

それが最大限、ぼくにできることだと思う。

本気で走りたいと願っている人間はいた

久々にこのブログに戻ってきた。

 

やはり、陸上競技という自分の身体の限界と向き合う競技をしてなお、自分は言葉を綴ることに戻ってくるのだということを感じた。

 

別に立ち上げたブログ「こはた陸上復帰プロジェクト」では主に練習日誌やレース記録として綴っていこうと思っていた…が、実際には記録はツイッターやインスタグラムで事足りてしまう。

 

そうなると、結局のところは自分が日々走ることで感じる世界について言葉を綴りたくなる。

 

また、あっちのブログに書いている間に僕は「駅伝部をつくって全日本大学駅伝に出る。」という目標を立ててアクションを起こした。今は駅伝部をつくるためにメンバー集めをしているところだ。

 

 

そんなことをやってみて感じるのは結局この4年間やってきた<マイプロジェクト>なるものと一緒で、自分の中から沸いてくる想い、感情を言葉にして、それが行動に昇華されていくというプロセスの繰り返しなのだ。

 

スポーツという今までやってきたこととは正反対の世界に身を投じたはずなのに、結局ぼくは言葉を考える世界に還ってくる。

 

でも、よくよく考えてみると当たり前なのかもしれない。

 

ある小説で「強さ」とは「言葉」だ、という文章を読んだ。

 

 

走っていて苦しい時に、僕たちは「どうして走ってるのだろう?」という疑問に苛まれる。

 

そこで答えが生まれてこないと諦めてしまうか、その苦しみに耐え続けて身体を動かすしかない。

 

しかし、その問いに対して自分なりの走る理由や目的、理想の姿を見いだせれば、もっと頑張れそうな気がしてくる。ちょっとだけ強くなれる気がする。

 

ある長距離ランナーのブログに「身体は想いの『乗り物』だ。」という言葉が載っていた。

 

つまり、陸上競技というのは身体を動かすだけのシンプルな競技と思われがちだが、特に長距離の場合は苦しさが伴うだけに自分の思考や感情、気持ちと常に知的格闘を繰り返す作業の上に成り立っている競技なのかもしれない。

 

 

 

ぼくが高校の頃は、怪我をした後走ることが嫌いになりかけた。先生に毎日メニューを指示されて走ることにも少しばかり疑問を感じていた。

 

高校生の自分はそんなもんだと思っていたけど、あれから4年ものあいだソーシャルや教育界隈のコミュニティに身を置くと、やはりそんなもんではないと思う。

 

あの頃は弱かった。自分で自分に答えを出せなかったから。苦しみを楽しさに変えることはできなかった。

 

でも、今は少しだけ強くなれた気がする。たとえ苦しい局面でも、自分が自分に対して答えを出すことができているから。だから毎日ゼーハーゼーハー言っても走ることが楽しい。

 

 

ぼくは駅伝部をつくろうと決めたのは『好きなことをやって、どこまでいけるのだろうか。何を見ることができるのだろうか。』という好奇心から始まった。

 

そこには、自分が今まで挑戦してもできっこないと思い込んできたことへのリベンジが含まれていた。

 

それと同時に、同じ大学に身を置いていて同じようなことを想い続けている人間はいると思った。

 

陸上部のないこの大学で、本気で走ることに向き合いたいと願っている人間はいるのではないだろうか。

 

そう仮説を立てた。

 

 

環境に慣れるのではなく、環境を一緒に創り上げていくプロセスを同じ想いを持った人間と経験してみたい。

 

 

 

それから一ヶ月。

 

やはり、そんな想いを持っている人間は現れた。

 

絵に描いたように、自分が思っていた人間だった。彼は高校時代に800m2分フラットの実績とスピードを持っている。

 

もしかしたら、彼は自分が本気で走りたいということには、まだ気づいてないかもしれない。

 

でも、ぼくが「3月にこの駅伝大会出てみない?」と目標を差し出すと、

 

「え、走りたい。今日帰ったら走ってみようかな…」と目が本気になっていた。

 

 

 

そんな言葉を聞けて僕は嬉しかった。

 

そういう受け皿をつくって良かったという意味もあるけど、人が本気になる瞬間を見ることができて、本気で挑戦することに僕自身が一歩踏み入れて良かった。

 

素直に嬉しかった。

 

 

きのうマネージャーの子に近くの駅まで送ってもらった。

 

その車の中で「どんなチームにしたい?」と聞くと、

 

「成功することよりも、失敗してもみんなで熱くなれるチームにしたいです。」

 

と彼女は語ってくれた。

 

 

僕がやりたいことはきっとそんなことなんだ。

 

きっと、本気から言葉は生まれる。

陸王

最近、ドラマ『陸王』をみている。

 

陸上競技、特に長距離をやっていた人間から見ると、ちょっと違うんじゃない?と思う点も数点あるが、それぞれの立場の人たちが挫折や苦悩から這い上がっていく人間ドラマとしてはとても共感しながら見ている。

 

最初に、突っ込んでいる点は…

 

まず、世の中は竹内涼真くんかっこいい〜!に染まっているが、長距離のフォームそんなんじゃなくね?っていう突っ込みを入れてしまう。笑

 

また、大手シューズメーカー・アトランティスのRⅡというマラソンシューズが茂木(竹内涼真)には合わず、厚いソールだとかかと接地になり怪我に繋がりやすいからソールを薄くしようという話が出るが、あれでも十分薄いのでは?と僕は思った。

 

ドラマでRⅡとして出ているシューズは、実のところミズノのウエーブクルーズというマラソンシューズのロゴを変えたものである。

 

僕も高校時代2足、色違いで持っていた。

 

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あのシューズは箱根駅伝を走るランナーでも使っている選手は多いが、20km超の距離にはあの薄さが限界ではないかと僕は思う。

 

接地云々の前に、薄すぎて故障してしまう。

 

とはいっても、僕自身もあのシューズは合わず2足とも後輩にあげたり、処分してしまったりした。

 

(そもそも、写真のシューズはオーダーシューズとして18,000円で買った10日後に陸上部を辞めてしまったので、レース1本しか使ってない。その後もたまに使ったけど、しっくりこなかった。)

 

ソールの厚さ云々というよりは、感触が合わなかった。僕はどちらかというと、アシックスやナイキの市販のマラソンシューズの方が合っていた。

 

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あと、ドラマ・小説の演出上というのは分かっているが、あんなに乱暴な扱いをするシューズメーカー、実業団はいくらなんでもないだろうと思う。

 

ビジネスだから、もちろん提供するメーカーとしては活躍できる選手のスポンサーになりたいというのは理解できるが、あそこまで切り捨てるというのは普通ないと思う。

 

 

という風に細かいところを見ていくと、陸上経験者としてはもう少し丁寧に作ってほしかったと思うところもあるけど、物語の中で描かれる一人一人の心情だったり、言葉だったりはとても好きだ。

 

特に、山崎賢人が演じる社長の息子や竹内涼真が演じる茂木の姿は自分が経験してきたこととも通じるところがある。

 

僕自身、高校2年生の時に似たような怪我をしたことがあった。ドラマで茂木がマラソンのレース中、しかもあと数キロでトップを狙えるというところで半腱様筋を痛めて棄権することになった。

 

僕は半腱様筋の怪我ではなかったけど、怪我をした筋肉の位置も近いし、怪我の仕方も5000mのレース中だったので、あのシーンを見ていてそのときのことがフラッシュバックしたような感じだった。

 

特に2話の中で「そんなこと言ってられない。周りに置いていかれそうなんだ。」という焦りは、当時僕も大きく感じていた。

 

今思えば、どうせしばらく治らないなら合宿も新人戦も駅伝も捨てて完治することに徹するかと割り切ればよかったと思っているけど、当時はそう思える余裕もなく完治していない痛みがあるなかで走れるかもしれないと期待して走り、次の日には痛みが再発して走れなくなるというのを繰り返していた。

 

その結果、自分のフォームにも変な癖が残ってしまった。

 

だから、なんだかこのストーリーを見ていると、過去の自分を重ね合わせてしまう。

 

 

一方、就職浪人をしている息子が面接を繰り返していくうちに、最初はがんばろうと思っていたこともそう思えなくなり、否定されていくうちに自分のやりたいこととかどうでもよくなっていく…「必要とされないのは案外キツいよ。」という言葉は分かるなあと思った。

 

 

だからこそ、自分の想いとか原点を見つめ直して、その言葉から進んでいく人たちには、自分もそうだよなという強い共感だったり学びを憶える。

 

 

余計に、自分自身がプロジェクトも駆け出し、陸上も再び駆け出しという今だからこそ感動を感じたり、感情を入れ込んだりするのかもしれない。

 

 

陸王というドラマを見ていて、過去の自分のことも思い出すけど、これから進んでいく上で必要なことの学びにもなる。

 

僕も頑張っていきたい。

キラキラした自分になりたい

最近ある人と話していた時にこんなことを言われた。

 

木幡のプロジェクトからワクワク感が伝わってこないんだよね。なんだか、今までの償いみたいな感じがしてくる。

 

言われた直後はすごくショックだったし、そんなことはないと否定したくなったけど、よくよく考えていくとそんな感じがしてきた。

 

好きでやっているというよりも、今の現状が嫌だから、ヤケになって動いてるという感情が心の底に溜まっている。

 

過去の出来事とか苦しさに囚われて、そこから抜け出すことばっかり考えて、そこを抜け出したい、見返したいと思うから動いている。

 

楽しいふりをしているだけで、本当は楽しくないのかもしれない。

 

なんでこんなことをしているんだろう、いっそ何もしないほうがいいのかもしれないと自分を呪ってしまうような考えも頭のなかに浮んできた。

 

でも、考えてみた。

 

一体自分は何が楽しいんだろう、楽しいことには何があるんだろう。なぜ自分は楽しいと感じないのだろう。

 

 

例えば、今やっている陸上競技は楽しい。

 

のめり込むくらい楽しい。twitterのタイムラインがほぼ全て陸上競技の話題になるくらい楽しい。

 

そもそも走ることが大好きだ。駅伝を見るのも大好きだし、走っている選手たちがかっこいいと思う。

 

 

では、どうして自分が走ることが楽しいと思うのだろう。おそらく、世の中の70%くらいの人から見れば、”長距離を走る人たち”というのは、奇妙な存在なのだと思う。

 

苦しい顔をしながら、なぜ長い距離を走りたいと思うのか。

 

と、世の中の人たちは思うに違いない。なんなら、同じ陸上部でも短距離の人たちから見れば長距離の人たちの練習は”おかしい”と思っているらしい。

 

でも、僕は走ることをほぼ毎日続けている。それは、もっと速くなりたいという気持ちと目標、一つ一つ積み重ねていった時の達成感がすごく気持ちいいからだ。

 

もちろん、苦しいと思うし、走りたくないと思う日もあるけど、長距離は楽しいと思う。

 

リズムに乗れた日は弾むように走ることができる。

 

 

そんなことを考えていたら、ある人が「苦しそう。ワクワク感を感じない。」と言った理由が見えてきた気がする。

 

今、自分がプロジェクトに対して抱いている感情は後ろ向きでしかない。

 

失敗して迷惑をかけてきた周りに対して申し訳ない。

これまで辛かった。

こんなのは嫌だ。見返したい。

 

という気持ちしか持っていない。

 

そのことは前の記事に書いている。

自分の中心 - コハタのコトバ

 

そう考えると、楽しくない理由が見えてきた。

 

そりゃたしかに、プロジェクトをやっていて、無力感をひたすら感じるし、進まない…と思うわけだ。

 

前に一歩進みたい、追いたいという身体が前に進む気持ちになれるはずがない。後ろしか見ていないのだから。

 

とはいっても、目標を立ててみても、力を入れてここまでやってみるんだと感じれるような目標にはならない。むしろ、白けてしまうような目標だ。

 

どうすりゃいいんだぁぁぁああ。

 

と、頭から煙が出そうになったので、友人に聞いてみた。

 

最近、何が楽しいことか分からないんだよね。

と。

 

すると、友人は

無意識に選んできたことが楽しいことじゃないかな。

続けてきたこととか。

と、言っていた。

 

なるほど。

はっきりとは答えが出なかったけど、なんとなく肩の荷が降りた気がした。

 

帰りの電車のなか、自分が楽しいと感じることを書き出してみた。

 

走ること、人と話すこと、書くこと、料理、動画…

 

 

 

ひと通り書いてみて、ふと思い出したことがあった。

 

自分がアナウンサーになりたいと中学生のときに思った時のことを思い出した。

 

 

これまで、アナウンサーにどうしてなりたいと思ったのかを思い出せずにいたけど、このときようやく思い出すことができた。

 

それは、いろんな仕事をしてる人に会えるからという理由だった。

 

ラジオのパーソナリティもそうなんだけど、リポーターをしているといろんな人が仕事しているところへ会いに行けるということを知った僕はとても魅力的だなあと思った。

 

最初は普通のジャーナリストというよりは、スポーツアナウンサーになってプロ野球選手と間近で会いたいというほうが強かったけど、その興味が薄らいでからは地域の人とか、いろんな仕事をしてる人に変わった。

 

スポーツでもそうでないほうでも、共通しているのはキラキラしてる人に会いたいということだった。

 

そんな人にたくさん会って行ったら、世界が広がりそうだ、キラキラしてる自分になれるかもしれないと当時の自分は思ったから、アナウンサーになりたいと思ったのかもしれない。

 

そんなことを思い出したら、プロジェクトをやる楽しさであったり、こうなりたい姿というのが少しはっきりしてきた気がする。

 

そうだ、僕がプロジェクトをやるのは、償いとか過去の辛いことを超えたいとかギシギシしたもののためではなくて、キラキラした自分になりたいからだ。 

 

キラキラしてるっていうとオシャレ感があるけど、なんというか『目を輝かせている自分』になりたいのだ。

 

そして、メディアをやりたいって思ってたのは、実はもっとシンプル。

 

キラキラしている人に会いに行きたいから。

 

伝えたいとか、応援したいとか、その前に…その前に、自分がまず出会いたいから。

 

キラキラしてる人たちと出会って、自分もキラキラしてる人になりたい。そして、知らせたい。

 

だからだ。

 

今この瞬間、僕が頑張りたい理由は『キラキラしてる人に会いに行きたいから』になった。

 

 

そんなことを思うだけで、とても前に進みたいと思えるようになった。そうか、これがしたかったのかと感じれるようになった。

 

これから、いろんな人に出会っていきたい。いろんな人の話を聞いてみたい。

 

 

そして、キラキラしてる自分になりたい。

自分の中心

明日、tasukiがスタートする。
 
7月にメディアを始めたいってだいこんにLINEを送って、8月末に山本に取材させてと連絡をして、9月11日に取材をして、明日初めての記事をリリースする。
 
ここに辿り着くまで3ヶ月かかった。
 
高校3年の時、大学受験の志望理由書に書いた「メディアをつくりたい」という文章から数えると4年かかった。
 
 
まだ本当にスタートできるんだろうかというはっきりとしない感じ、モヤモヤとした不安はもちろんある。
 
ここ2ヶ月くらい、もう何をやったって自分はダメだと卑下してしまう時間も多かった。
 
2年前から自分が何もできなかった時間を過ごしてきて、もう自分のベストを超えることは無理かもしれないと思ってしまうことのほうが大きかったりする。
 
よく、陸上競技の世界だと、高校の頃に出したベストタイムを超えられず、伸びずに選手生命を終えていく人間はよくいる。自分はそんな大した人間ではないけど、そんなのを見るたび、自分もそんな人間のひとりなんじゃないかと不安がった。
 
 
中学2年の冬周りから孤立した時。
 
高校2年の秋から冬怪我で走れなくて結局陸上を諦めてしまった時。
 
今まで生きてきた中でも、思い通りにいかなかった時期は当然あった。
季節に春夏秋冬があるように。
 
 
この冬はとても長かった。
 
この2年間本当に辛かった。
 
団体は立ち上げたけど「自分は何をやってる人間なんだろう」という思いに駆られて。
 
自己紹介でもふわふわしたことしか言えない。
 
お金を求めても、確固とした活動ができているわけではない。
 
辛かったし、悔しかった。
 
 
でも、何をできなかった。
 
もちろん、お金が入ってこないことの苦しさはあったと思う。
 
 
 
でも、それ以上に自分が何をしているのか分からない、フワフワしていることの苦しさの方が遥かに大きかったと思う。
 
 
大学3年生になってからゼミのプロジェクトをやったり、先生が主宰している塾のスタッフをやったり、修行だからと言われ、それを受け入れるしかないから「修行なんだ」と思いつつ、何故やらなければいけないのかが分からなかった。
 
 
でも、1年経ってみて振り返ると、あの時期に例えばおしゃべりカフェを続けたとして良い結果が生まれただろうか、ジブンゴトLab.を続けていられただろうか。
 
 
たぶんでしかない。
 
けど、うまくいかなかったと思う。
 
 
本音を言えば、2年前は「コミュニティを引っ張っていきたい」「自分がエースになりたい」という自分が一番でなければ嫌だった。
 
 
自分の中身というよりも、相対的に勝つことが原動力のほとんどだった。
 
一時期、走っていたことのモチベーションも、一番前を走ることだった。
 
 
 
1年経つ間に、自分自身がリーダーでなければいけないとか、エースじゃなきゃいけないとか、一番前走ってないと嫌だという感情が抜けていた。
 
今になって気づいた。
 
 
木幡真人という個人として、何を創るのか、何を目指すのか、どんな人間になりたいのかをもっと中心に据えて考えられるようになった。
 
 
そういうことを人の下で働くようになって、自分が中心じゃない現場で動くようになって、自分が注目されない世界で動くようになって、初めてそれをモチベーションにしても意味がないんだってことに気づいたんだと思う。
 
当時、勝ちたいとか、目立ちたいとか…そういうことを考えていたのは、自分が満たされなかったからだと思う。
 
学校に行っても周りと上手くいかない、活動をやっていても自分がこれというものを創れないから周りに目が行ってしまった。上手くいかない自分を見せたくないから、何もないのを隠したくて目立ちたかった。
 
でも、大学3年生になり、人と繋がれるのは自分の名誉とか振りかざす何かではないと気づいたし、案外、大学の周りの人とは普通に繋がっていた。
 
 
次第に周りに対する棘もなくなっていた。
 
 
 
 
僕にとって、今原動力になっているものは、一番になることでも、誰かに勝つことでもない、威勢良く叫ぶことでもない。
 
ただ、自分が創りたいものを創ることだと思う。
 
今まで自分は最後まで作り切れたというものがない気がする。
 
 
野球も、新聞も、バレーも、陸上も、メディアも。
 
全て中途半端にしてきた。
 
 
だからこそ、僕は今度は自分がやりきった、本当に次のステージが見えてきたから次に行くと言えるまでやりきってみたい。続いていくものをつくりたい。

最近、不調。

最近、すごく不調。

 

仕事に手がつかない。

 

陸上、卒論、tasukiの記事執筆、家事。

 

だいたい、こんなところが日々自分が抱えているタスクやアクティビティ。

 

やらなきゃいけないとは分かっている。

 

だけど、なんだか仕事に手がつかない。10月に入ってから。

 

打席に立たないと始まらないことくらいは分かってるんだ…。

 

でも、なんだか。

 

あと、最近ネガティブになりやすい気がする。

 

走ることで精神をなんとか保てているけど、仕事や卒論に関しては精神的に憂鬱。

 

できる気がしない…。

 

余計に、陸上で最近走れているものだから、満たしてくれる「走る」ということだけに偏り過ぎになっている。

 

土日になると走ることと最低限の家事だけをして、寝ていることもしばしば。

陸上関係の話題をテレビで見たり、Youtubeで見るくらい。

 

本当はスタバにでも行って仕事をすればいいんだろうけど、もう疲れたっていう状態になってしまう。

 

朝、ベッドから起き上がるのもしんどい。

朝が来てしまった…またしんどいことをしないといけないのか…無力感…みたいな日がここ数日続いている。

 

でも、大学に行くまでの時間でジョグをすることにしてるから、なんとか起きて走ることとシャワーを浴びて、朝食を食べるということをして健康には生きている。

 

あとは、金欠もその状態に拍車をかけているのだろうか…。

 

いろんなフワフワした不安がのしかかって、思考停止というか、動きたくなくなっている。

 

そもそも実家だと仕事をする気が起きない。

 

困った…。

 

あと、これはなんだかんだ思ったことなんだけど、彼女がいなくて寂しいという感情があったりもする。秋だからセンチメンタルになっているのだろうか…。

 

今は努力の時だから恋愛したいとか甘いことは、よしておこうと思っていたけど、実際精神的支えになってくれる人がいてほしいと思うこの頃。

 

走っているからある程度アドレナリンは出てるんだけど、それでも超えられない壁はまだあって、寂しいとか苦しいとか思ってしまう。

 

それが、良いか悪いかは別にして。

 

でも、書いてみて少し今の自分がどんな状態にあるのか分かったような気もする。

 

ちょっと、きょうは弱音というか愚痴を吐いてしまいました…。

 

明日はカフェに行って、仕事をしようと思います。

後期の大学が始まった。

後期の大学が始まった。
 
 
 
いろんな人たちが大学に久々に集まってきている。
 
夏休みは閑散としていた場所が再び賑わっている。
 
 
 
2年生の頃、ひとりぼっちでいた頃はあまり大学の人混みが好きではなかったけど、気持ちにゆとりが出てくると何だかこの賑わいもいいもんだなあと思うようになった。
 
 
 
そういえば、今まで誕生日を大学で迎えるということがなかったのだけど、
今年から夏休みの終わりが早くなったので、来週の誕生日は授業を受けながら迎えることになりそうだ。
 
 
それにしても、高校生の頃は周りも部活をしていたから肌の色が焼けても何も気にしなかったけど、さすがに体育会もないこの大学では、夏休みの間ずっと走っていた僕の肌の色は少し浮いている気がする。
 
 
自分がそう思い込んでいるだけかもしれないけど。
 
 
 
 
こないだ入学したと思ったら、4年間で8セメスターあるうちの7セメスターが終わり、これから8セメスターが始まる。僕はこれで終わらなそうだけど…。
 
 
 
大学4年生ってもう少し大人だと思ってたけど、実際になってみるとまだまだ自分は幼いなということを突き刺さってくるように感じさせられる。
 
 
でも、ここに来るまでバスの中でふと考えていたんだけど、昔は異様に拒絶していたものが、今はまあそういうのもあるよねって言えるようになった。
 
 
 
 
良いとか、悪いとか、そういう基準ではなくてフラットな目線で視ることができるようになった。
 
 
 
意識高いとか、就活がどうとか、パリピな人たちとか、何かを括ってそれを自分の世界から排除しないと自分という存在に危害が加えられそうで怖かったのかもしれない。
 
 
 
でも、実際のところ、そんなのありえない。
誰も危害を与えようとしていないし、ディスろうともしていないし、なんならそんなに他人には興味がない。
 
 
 
 
 
不思議なもんだ。
 
 
 
 
 
 
走っていてスピードが乗っていく毎に、自分の視界、耳からノイズがなくなっていくように、自分の作りたいものを作っていると不思議と周りの雑音がなくなっていく。
 
 
 
 
話が脱線するけど、最近facebookでビジネスの話をしていた先輩がいた。
 
 
飲食店を失敗させてしまう人の理由みたいな、そんな記事をシェアして書いていた。
 
 
 
 
哲学が大事で、自分はビジネスという以上に芸術家でありたいとその人は言っていた。
 
 
今やっている活動がビジネスとしてお金が回る仕事になったらいいとはもちろん思っているけど、やっぱり僕たちが目指すのはその先のこんな社会にしたいとか自分たちがこうなりたいという、大きなキャンバスに絵を描いたり、ものを創っていくアーティストなのだとその人の話を読んでいて思った。
 
 
 
 
 
他人のことを気にする前に、自分の作り出すものに精神を割きたい。