コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

相談のってください

自分のなかでずっと自信を失っていた。
 
 
 
好きなことを仕事にしたい。でも、今のこの自分にそれができるんだろうか。

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この2年間、もがいて何もできなかった人間が大学をのこり1年足らずで卒業するまでに今やっている活動を仕事にできるんだろうか。
 
 
淡い期待はずっと持っていた。就職するかといわれればそうでもないし、結局のこされた道はそこしかないんだけど、ずっと自信を持てずにいた。
 
 
 
だから、自分は大学院に進学するといってはぐらかしてきた。
 
 
いや、別にはぐらかすために大学院に行くと言っていたわけではないし、こんなことが研究できたらというのは思っていた。でも、深く考えていくと今大学院に行かなければいけない程の想いがあるのか、やっぱり事業にできるか分からないから言い訳として大学院を使っているだけなのかもしれない、そもそも自分は研究サイドにいたいの?と感じた。
 
 
 
結果として、先週先生と話し合って、大学院進学をやめた。
 
 
 
これから進んでいく道は、今やっていることを仕事にしていくこと。稼いでいくこと。
 
 
 
まだ何も保証されていない。お金が入ってくる保証なんてどこにもない。
リスクしかない。周りのひとたちの次が決まっていく中で、自分の次が保証されていないのは自分の中では当然焦りもある。
 
 
 
 
でも、そうしたいとぼんやり思っていたものが、本当にそうしたいものであり、そうでなければ確実にヤバいものになったことはたしか。
 
 
 
そうこう、考えたり、話しているうちにある友達からメッセージがやってきて「これからまちづくりを仕事にしていきたいし、なんならそこで稼いでいきたいよね」とやりとりが始まった。
 
 
 
 
その子が自分と同じことを考えていたからというのもあるけど、久しぶりに純粋にぼくが今やっていることを仕事にしたいんだよねと話せた気がしていて。
 
 
やっぱり、ぼくは仙台を盛り上げたいと思っているし、若者を盛り上げたいんだよねって話をすると
 
「きっとこはたくんなら仕事にできるよ!やろうよ!」
 
と言ってくれて。
 
「できるかどうか分からないと思うより、どうやったら仕事にできるんだろうって考えよう!」
 
と言われて、ハッとした。
 
 
 
 
今までどれだけ、自分が不安に感じているだけで、立ち止まっていたか。
 
 
 
お金を一番上に置いてしまったら本末転倒だけど、やっぱり好きなことを仕事にしたい。
 
 
 
 
ジブンゴトLab.をはじめてみて再認識したのが、自分は確実にこのコミュニティが好きだし、盛りあげたいと思っている。それが自分にとってのアクションだし、仙台を盛りあげるということだと思う。
 

 
保証なんてどこにもない。だけど、それは走り出してみなければ結果も分からない。
 
 
ぜひ、ぼくにアドバイスがあるよ!って方はなんでも教えてください。
あ、あとうちではこんな感じで仕事とか、稼いでるんだよっていうのを教えていただける方がいたらとっても教えてほしいです。

背中を押すひとになるということ

昔、陸上部で走っていたころ、キツイ練習で遅れそうになったときに、
先輩が「もう少しがんばろ。」って言ってポンっと背中を押してくれた時があった。

 

 
息もゼエゼエとなっていて、もうやめたいと思うんだけど、どうしてかそんなことを言われるともう少し前に進もうと勇気が出てきた。
 

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今はやることが変わった。
いや、たしかに毎日走ってるからキツくもなるし、息もゼエゼエになるんだけど、
それだけではなくなった。
日常生活で苦しくてたまらない顔をすることはない。
 
 
 
でも、日々過ごしているとなにかと悩みがあったり、鬱々としてくることがよくある。
まさに、マラソンと同じでこの集団から一回抜けたいってキツくなってくるときがあると思うんだ。
 

日常がつまらない

 
自分自身が大学に入って今に至るまでそんな感じだし、周りの子たちと雑談してると「最近つまらないんですよね。」ということがある。
 
高校生の頃は、大学生人なったら自由だ!もっといろいろできる!ってバラ色の想像をしていたけど、実際は時間があるからこそ、何かが気づかぬうちに奪われていく。
 
やっと何か分かった頃には「高校生の頃は…」って言い出す。
 
 
 

ポンっと押してもらえる場を作りたい

 
そんな子たちが「がんばろ!」って思えたり「やりたいことをやりたい!」って思える場が欲しくて、ぼくはジブンゴトLab.を始めた。
 
 
 
やっぱり、なんか元気が出たり、がんばるか!って思えるのは、人からもらった言葉だったり、人と集まって刺激を受けたときだと思っていて。あのとき、ポンっと背中を押してもらえたように。
 

ぼくの顔はどうしたんだろう…

 

はじめてみて。

 

金曜日から始めたジブンゴトLab.の1回目は、3人の子たちがきてくれた。
 
 
僕のスタンスとして、ここは何でも話していい場だと思っていて、
最近の自分の話とか、悩んでいることとか、やりたいことの話とか。
 
 
結局は、着地点がない話なんだけど、面白い。

 
 
来てくれた男の子が入ったシェアハウスが仙台の景色が見渡せるとってもいい場だって話とか、女の子は1回関東の大学に行ったけど、事情があって仙台に帰ってきたとか、どこからか震災の話になったり。普段、ちょっと会ってないだけで、いろんなことが起こってるんだなあと思った。
 
 
 
あと、途中から来てくれた女の子は、今年から社会人になって感じてることとか、恋愛の話とか、運動会をやりたいとか。
 
 
あ、運動会を9月くらいにやることになりそうなんで、来てください。笑

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ちなみに、書いていて気づいたのが、背中を押すポジションというのは絶妙なポジションだなということに気づいた。最初の陸上部のときの話みたいに、横で一緒に走っているからこそ背中を押せる。
 
 
 
手放しに外野で応援団をやるでもない、かといって彼らを周回遅れにするほど前を走るわけでもない(時には必要だけど)。
 
 
背中を押すということは、一緒に彼らと走っていないとできない。もっといえば、彼らと僕なんて隔たりはいらないのかもしれない。
 
 
 
ふとそんなことを思った。
 
考えてみると、前にブログで「近所のお兄ちゃんみたい」と言われた話を書いたけど、日本代表クラスの1周も2周も先を行くひとっていうのは大人の人たちが既にいて、そこを目指さないわけではないけど、一緒に練習して強くなっていこうよというポジションは自分だからこそできるところでもあると思う。
 
 
 
そんな感じで、一緒に何かを考えたい、誰かに話してポンっと背中を押してほしいと思ったら、ジブンゴトLab.へ遊びに来てください…!
 

ワクワクしている

 
何も揃っていないけど、なんだかとにかく楽しんでる、なんとかなる気がする!というのは、高校生のときくじらステーションを立ち上げたあの頃にも似ている。
 
 
 
この暑い夏が終わる頃、ぼくたちはどこまで走っていて、どんだけ楽しくなるんだろう。
 
 
 
そんなワクワク感があるから、人が集まる場を創るのは楽しい。
 
 
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【次週のジブンゴトLab.】
・7月14日(金) 18:00〜21:00
・イベントスペースHC ( 仙台市青葉区本町1-13-16 Yellow Bldg 3F )
・参加費 500円(会場、お菓子代として)
・問い合わせ先 tohoku.sae@gmail.com (一般社団法人東北ソーシャルアクションエンジン)
 
ちなみに、場所をお借りしている「イベントスペースHC」さんは、クラウドファンディングをやっていたときに、ここのビルを管理している方がメッセージをくださって、考えていることや思っていたことが一緒で嬉しくてお願いしました!!!
 

走り出した夏

7月になりました。
 
 
 

 
下半期はどうなるんだろうねと、期待も不安も込めながら話していた6月が終わって、新しい月が始まって1週間が過ぎた。
 
 
 
 
先月まで思い悩んでいたのが嘘のように、僕は新しいことを3つ始めた。
 

大学生と高校生が集まる場

 
ひとつは、前から言っていた『ジブンゴトLab.』。
書いている今は、ちょうどイベントスペースに向かう前の空き時間。
 
 
 
大学生や高校生が集まって週に1回おしゃべりするという至ってシンプルな場。
でも、何が起こるかわからないからこそワクワクしています。
 
 
こちらは、毎週金曜日18:00〜21:00にやる予定。
 
 

喋りたいことを喋り倒すラジオ

 
もうひとつは、仕事を辞めて仙台に戻ってきただいこんとラジオを始めた。
 
 
 
番組名は『コハタの部屋

左が木幡、右がだいこん。こんなふたりがパーソナリティをしています。笑

 
 
ラジオと言っても、twitter Liveをつかって自分たちがしゃべりたい内容をただ1時間話すだけなんだけど。笑
 

 

 
前からだれかとやりたいと思っていて、たまたまだいこんもやりたいというから、見切り発車で始めた。
 
これがまた面白い。笑
 

 

 
次週の配信は『恋』がテーマ。
 

 

 
このテーマになった理由は、月曜20時からコハタの部屋を見てください。笑
 

ちなみに、場所は宮城大学からほど近く、僕の友達がやっている小料理屋『陽季亭』が休みの月曜日に貸してもらっている。だから、僕たちだけじゃなくて友達が集まって美味しいものを作って食べている。なんとも嬉しい月曜日!

 

ちなみにって、突然なんですが、陽季亭の上にはシェアハウスがあって入居者を募集してるらしいです。僕もたまに泊まらせてもらってます。

 

 

コハタ、走るってよ

 
3つめは、走ること。
 
7月になってからの1週間で50km走った。目標の月間走行距離は200km
最終的には、5000mで16分30秒を切りたい。
 
 
 
とはいっても、全然高校時代の体型には程遠いので、まずは楽しくジョグをして体重を48kgまで落としたい。
 
 
この10日で1.5kg落とした。7月でどこまでいけるのか。

 

 
 
正直、今自分のなかでこうなりたい、ここまでいきたいみたいなモノがない。
 
 
自分のやりたいことをやる、自由に楽しいことをやるということくらい。
 
 
 
 
ある意味では、実験みたいなところもあって、自分の体を使ったり、自分自身のメディアというものを楽しいことややりたいことで使いたおして、いったいどこまでいけるんだろうみたいなワクワク感だけは大きい。
 

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そんなこんなで、走り出した夏。

近所のお兄ちゃん。

『木幡さんって近所のお兄さんみたいですよね。お兄さんっていうか、お兄ちゃん?』
 
最近、年下の子たちから頻繁にそんなことを言われる。

接してる子たちが自分の妹と同じくらいの年だから、たしかにそうかとは思うけど、去年の自分だったら果たしてそれを受け入れられたんだろうか。
 
 
もっともっと上を目指していた。
高校時代からの虚像というのか、あの人はすごいみたいに見られていたのもあって、仙台・東北でも1番でありたいと思っていた。もっと目立ちたかったし、もっと前を行く大人に追いつきたかった。
 
だから、高校生や大学1・2年生にとってもっと遠い存在、前をいく存在でありたかった。
 
ゼミでリーダーではなく、フォロワーになったのも最初は慣れなくて嫌だった。
自分はこんなところに収まる人間でもないと思っていた。表面上は変わっていても、自分の内側ではまだまだ変われていなかった。
 
 
この1年、そこから変われたのかどうかは本当のところは自分には分からないけど、自分はいわゆる『すごい人』にはなれないんだと思う。遠くに行くのを諦めたわけではないけど、僕自身は遠くにいる憧れる存在ではないんじゃないかなと自分なりに思っている。
 
でもいろいろと踠いてあがいてみて、今は納得している。
 
目立とうと、遠い存在になろうとすればするほど、何かがズレていく気がしたから。
先を行く大人や同世代の存在が気になる、他人が気になって自分は何もできなくなっていく。
 
結局、自分らしくない。
 
 
もともと、僕自身あまり目立つタイプじゃないんだと思う。
小学校、中学校の頃は大人しい人間だったし。カリスマ的な存在なんて、もっと遠い。
 
自分の話をするよりも、人の話を聞いてる方が好きだった。
 
 

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でも、高校時代に一度脚光を浴びたことと、承認欲求の強さが相まって、自分が目立とうとし続けた。
 
目立とうとすればするほどうまくいかない。
滑っているような感じになる。
 
 
正直、プレゼンもあまり得意じゃないし、人前で話すのが苦手。
ガヤ芸人してるくらいがちょうどいい。笑
 
高校時代にともに活躍した人たちや年下の子たちからはだいぶ水をあけられたなあと思う。
でも、いまのところ上手くいってなくて、自分らしくないって思うなら、それは僕の進む道じゃないんだろうし、諦めていいんだと思う。
 
 
前に、糸井重里さんが『ご近所の人気者でありたい』と言っていた。
 
 
 
僕が思ったことや、書いたこととは少し違うんだけど、ああ分かるなあという感じがする。
 
すごい人になるというよりも、何かを成し遂げていくというよりも、
そこに一緒にいる感覚。
 
 
うーん。
3年間費やしても、なんかギラギラして進む学生起業家みたいな感じにはなれなかった。
 
でも、3年間踠いて、あがいた先には、あまり気張らなくていいんだなと思わせてもらえる、いい場所があった。
 
だから、小さく楽しく歩いていこうと思う。
 
どこに行くのかは分からないけど。
 
ここは結構楽しそうだ。

諦めてもいいと思ってたボクを変えてくれた、ある人の言葉

友達がやっている小料理屋に、仕事がひと段落ついて行ってみると、あるおじさんに出会った。
 
 
 
その人は近所に家があり、この店に初めて入ってみたのだという。
僕がそのおじさんと話し始めたときには、すでにかなり酔っていた。
 
おじさんと言っても、出で立ちは長髪のアーティストなのでそれなりに若く見えるのだけど。
 
 
その酔ったおじさんに絡まれるように、ここに来た理由、君は何を大学で学んでいるのか、就職はどうするのかと”取り調べ”を一通り受けた。と言いつつも、僕もこういうのが嫌いではないので、下手なりに喋ってしまう。
 
 
 
 
それにしても、このおじさん一体ナニモノなのだろうか。
喋りながら僕の疑問は膨らんでいく。
 
 
その「取り調べ」を終えると、逆にぼくが仕事は何をしているんですか?と尋ねた。
 
 
その人はどうやら彫刻家をしているらしい。
もっというと、仏師ではないが、仏像を彫っているらしい。
 
 
僕はこんな近くにアーティストとして活動する人間が住んでいるのかと驚いたので、
どうして彫刻家になろうとしたのか聞いてみた。
 
 
すると、そのおじさん曰く「消去法」で彫刻家になったのだという。
僕にはとてもとても消去法でアーティストになったという話の意味がわからなかったけど、
 
そのおじさんは本当に消去法で彫刻家になったらしい。
 
 
 
驚異的すぎる。
 
 
 
酔っ払ったおじさんはぼくにビールをごちそうしてくれて、また語り始めた。
 
 
高校時代、山岳部で活動していたが、
いろいろと大変で面白みを感じず辞めてしまったのだという。当時、高校2年生だったとか。
 
部活を辞めてから、自分は飽き性で今までコロコロやることを変えてきた。
だから、自分が一生続けられることを見つけたいとそのときに思ったのだとか。
 
 
やはり、高校2年生、17歳というのは悩むのだろうか。
 
 
見つけたいと思ったが、自分は知識や情報がないということに気づき、
学ばなければいけないということを感じたのだとか。
 
 
 
それで、予備校でいろんな学部の案内をみては、自分の興味のある分野を探し始めた。
 
当時、理系だったそのおじさんは理学部、工学部の案内をみて、たしかに化学は好きだけど仕事にしたいほどでもないと思ったらしい。かといって、文学部も本を読むのは好きだけど、それを研究したいとも思わず。法学部でもない、体育大学に行ってスポーツ選手になりたいわけでもない、その当時できたばかりの情報〇〇学部やリベラルアーツ的なことをやりたいわけでもない…といろいろ消去法で行き着いた先が美大だったらしい。
 
 
小さい頃にすぐ辞めてしまったけど、絵を描くことは好きだった。
だから、美大ならいいかもしれないと思って、志望した。
 
しかし、デッサンをするために予備校に通い始めて、
デッサンをしてみると、描くものを見ながら描いているのにうまくかけなかったのだとか。
 
 
どうして、物が目の前にあって、それを真似して描いているはずなのに、
うまく描けないのだろうか。
 
 
 
そう疑問を持ったからこそ、そのおじさんは高校生ながらに「これは学ぶ価値がある」と思ったのだとか。
 
 
実は、会話はそこで一度途切れてしまって、というかほぼ閉店の時間になり彫刻家になるまでの話は端折られてしまった。笑
 
 
でも、そうやって一生続けたいと思えるものに出会ったのだという。
 
 
『いいですか。一生続けられる仕事に出会えるかどうかは運です。運ですよ。』
 
そのおじさんは最後にこの言葉を残して帰っていった。
 
 
最初は酔っ払っていたおじさんが言っていた言葉だけど、
妙にその言葉はストレートで重みがあって、自分の心に染み込んできた。
 
 
純粋に自分の想いがどこにあるのか分からなくなってきて、
気持ちのどこかでは『やることなんて2、3年ごとに変わってきたじゃないか。別にどこかで諦めたっていいじゃないか』と言い訳を作っていた自分にストレートに入ってきた。
 
そんな言葉のおかげだと思う。
 
 
 
これまで持ち続けてきたものを手放してもいい。
大事なのは、自分が想いと情熱を傾けられるものだ、と気づけたことが。
 
あの夜、おじさんに出会えてよかった。

1年くらい前から思っていたこと

1年くらい前から思っていたこと。
 
僕はこのままずっと若者を応援する活動を仕事にするんだろうか、それとも全く違うことをやるんだろうか、ということを考えてきた。
 
ここ1年くらい、ずっと想いが乗らない感じが続いていた。
 
思い切ってある人に相談してみたら『飽きたんじゃない?』と言われた。
元々自分が飽き性だとは思うけど、もう興味がなくなったという感覚はあまりない。
 
でも、力が抜けきってる感覚はある。
 
どうして、力が入らないんだろうと思う。
 
他の人に相談してみたら、事業にしようとしていた時は楽しくなかったと言われた。
 
ああ、これかもなあと最近思った。
 
その人も、1年くらい前に無理に事業にしようとしていて頑張っていた時は、とても辛かったと話していた。月一で作っていた場の、その日がやってくるのが憂鬱だったという。やらなきゃいけないに変わっていた。
 
でも、事業にしようとせずに、小さくやり始めてからは楽しくなったらしい。
 
そういえば、僕もそうだった。
 
法人を立ち上げてから、事業にしなければいけない、収入を得なければいけないと思って結局何もできなくなった。シンプルにイベントとして、月2でやっていた頃よりもできなくなった。求めていることが高すぎて、結局一歩も踏み出せなくなった。
 
そうして、力が抜けきった感覚はある。
 
そもそも、向かう方向が間違っていたと思う。
 
もっともっと、高校生や大学生と話したり、相談に乗っていれば、作り続けられた気はする。
 
でも、お金を得なければいけないと思って協賛企業を探したり、クラウドファンディングを打ってみたり、本来向かうべきところではないところに時間を割いて精神的な体力が衰弱していった感じはする。
 
だから、想いがすり減っていたのかもしれない。
 
もっともっと近くにやるべきことはあるのに。
 
イベント自体も、イベントにすることもなかったなと今更だけど思っている。
僕は、そこそこ経験があって一通りできるゆえの落とし穴にはまっていた。
ちゃんとイベントにしなければいけない、司会をやって場を回さなければいけない、ゲストにちゃんとした企画書をださなきゃいけない…。
 
見栄えの問題を気にして、下手に労力を割いていた感じがある。
 
本番ではなくて、準備で気疲れしていた。
 
しばらく小さな場をつくって、また高校生や大学生と話していかないと、自分が本当にやりたいことなのかどうかは分からないような気はする。
 
でも、気がつくことができて、少し楽になった。

ラジオに出会って見える景色が変わった

1年間回してきたものが終わった。


うちの研究室が毎週1回、コミュニティFMで流している番組の現・4年生担当期間ではラストの収録がきょうあった。


そっか、1年経ったのか。
大きい感動を感じるわけでもないけど、ふと気づけば終わるのかというストンとした感覚があった。

別に、放送局でやっているようなラジオのクオリティでもないし、特に大げさな企画をして放送するわけでもない。ゼミの時に集まって、テーマを決めてゼミの活動や、まちづくりの情報、みんなの近況とかをボイスレコーダーの前で10分楽しく話す。そうやって、50回くらいやっていたら1年が過ぎていた。


僕はただ話すだけだったし、30分番組のうち前半の先生が話すコーナーの収録に毎週研究室に行っただけだから、テーマを決めたり編集することの大変さはあまり分からない。でも、なんだか1年間ゆるくやったなりに楽しかったなというのを感じた。


最初は、同じゼミにならなかったら大して仲良くもならなかったであろうメンバーが、毎週毎週10分話すことで、その人たちの性格や趣味が見えていく。何を話したらいいのやらという感じだったところから、徐々に話すことの楽しさを見出していった。


思えば、僕はラジオに出会って見える景色が変わった気がする。


中学1年のときに聴いたラジオ番組に元気づけられて、アナウンサーになることを夢見た。
翌年には、偶然アナウンサーになりたいということを番組に書いて送ったら、ラジオに出させてもらえた。喋ることで自信を覚えた瞬間だった。

アナウンサーになることを夢見たから、高校3年生で「くじらステーション」を立ち上げた。
正確にいえば、ラジオというよりはテレビに近いんだけど、
Ustreamというサービスを使って月に2回、1時間ずつ企画して、番組構成を考えて、高校生たちが喋る。雰囲気はラジオに近かった。


高校3年生になって活動を始めてからは、取材や番組出演の依頼をいただいて、出演することも多くなった。


東京のキー局のラジオ、仙台のラジオ番組…ありがたいことにいろいろ出させてもらったけど、一番嬉しかったのは2013年にくじらステーションを立ち上げた頃、TBC東北放送の番組にスタジオで出演させてもらったことだ。


アナウンサーになると決めたのは、東北放送の番組を聴いたことがきっかけだったから。
いつも聴いていた、あっち側に自分がいる。スタジオに入るとき、プロ野球選手がブルペンからマウンドに向かうような緊張感とワクワク感を覚えた。

そして、知っているアナウンサーと一緒に番組に出ている。
不思議な感覚だった。

結局、アナウンサーになることよりも、自分でまちづくりに関わることが楽しくなってしまったのだけど、それでもあの頃の思いは忘れていない。人を伝えたい、地域で頑張っている人を伝えて、一人でも多くのひとに「自分もがんばろう。こんな人になりたい。」と思ってほしい。そんなきっかけを作れたら。それを伝えられる近い場所にいたい。


それが伝えられると思ったのが、これからはネットであり、リアルの場づくりだと思った。
だから、僕はいま『ジブンゴトLab.』をやっているし、プログラム+フリーペーパー製作をしたいと思っている。


1年後、紙を手に取るひとが変わるきっかけになったら。


僕が、ラジオに出会ってこうなりたいと憧れたように。