コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

スタートダッシュ、その後

 
今日で、再始動から10日を迎えました。
 
1週目はがんばるぞ!という気持ちでスタートダッシュを切りましたが、先週の土曜日を境になかなか気持ちを保つのが難しくなっています。
 
高校時代、長距離を走っていた時もそうでしたが、最初の1kmは余裕があるので速く走れる。でも、突っ込んで入った次の1kmはペースが遅くなる。それからだんだんと、自分自身の気持ちとの闘いになってくる。

『ジブンゴト』に込めた想い

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今週の月曜日から再始動し始めました。

 

公式Webはこちら→ https://tohokusae.wixsite.com/tohokuengine

 

再始動から3日

日常の生活は変わらないけど、クラウドファンディングのお願いメッセージを多くの人に送るたびにとても応援してもらって「ああ始まったんだな。」というのをジワジワ感じてます。

 

今まで知らなかった方からも興味があるというメッセージをいただいたり、場所を持ってるので使いませんか?というご厚意まで寄せていただいて、本当にみんなに応援してもらってるんだなと思うたびジーンときます。

 

ぼくらしくない。

きょうは、再始動した東北ソーシャルアクションエンジンの核になる『ジブンゴトLab.』の名前に込めた想いを話していきます。

 

ジブンゴトLab.の原型自体は昨年7月に活動休止したあたりからずっと考えていました。講座でこんなことをやって、こんな人を呼んでみたいなことはずっと絵を描いていて。

 

でも、ぼくらしくなかった。だからこそ、名前が思いつかなかった。

カッコいい名前、呼びやすい名前、最近のトレンド。

 

いろいろなことを見ながら、考えてきたけど結局出なかった。

冗談みたいに聞こえるかもしれないけど、一時は本当に東北ソーシャルアクションエンジンの活動はもうやらないかもしれないとさえ思った。考えても、絞っても出てこないなら結局自分がやるべきことではないんじゃないか。自分がやらなくても、結局は誰かがやるからいいんじゃないか。

 

それでも、自分が立ち上がろうと思ったのは、自分が目立ちたい!とかいう野心よりも目の前の人たちのためになりたいという想いだったような気がする。大学の後輩から言われた「自分も動きたい」という言葉が自分の気持ちの中に浸透していったような感じだった。

 

ジブンゴトを行動にする

そして、ある子たちと自分たちってひとことで言うとなんだろうという話をしていてふと『ジブンゴトを行動にする人たちのコミュニティ』という言葉がぼくの口からでた。

 

そのとき、言った自分がびっくりした。こんなに腑に落ちる言葉を放ったことに。

そして、そのとき『ジブンゴトLab.』に決めた。

 

 

ジブンゴトに込めた想い

「ジブンゴト」という言葉は、ずっとぼくが言ってきた言葉だった。

それは、だれかに向けたというよりぼく自身へのメッセージであったと思う。

 

こういう活動をしているとついつい『すごい』ことを目指してしまったり、東京のカッコよさみたいな部分に憧れてしまったり、褒められることを考えてしまったりついつい最初に目指していた部分とは逸れてきちゃうことがある。現にジブンゴトLab.のことを日々考えているなかでも自分の中にある感情じゃなくて、すごいと思われそうなことをやってしまう時もある。

 

結局、自分以外の誰かの価値基準で動いてしまう時がある。でも、それって本当に楽しいのか。

 

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

すごいことって、ある意味ではかんたん。チヤホヤされたい、カッコよくいたい、メディアに出たい…みたいな想像しやすいし、汚れなくて済むことだから。でも、そこに共感があるかって言われるとぼくはそうだとは思わない。

 

常に「すごい」と「自分の奥底」の表現との間で生きているような気がします。必死に、流れないようにハンドルを握っているような気持ち。

 

ぼくが「すごい」と言われることに一種の憧れを感じて、でもそれじゃ意味がないんだってことを気づいて生きてきたからこそ、自分の想いを生きていきたい。

 

 

最近、ああこれだなって思うところがあった、ぼくが好きな映画「風が強く吹いている」からある言葉を3つ紹介します。

 

「みんなが、精一杯努力していることをなぜきみは認めようとしない!彼らの真摯な走りを、なぜ否定する!きみよりタイムが遅いからか。きみの価値基準はスピードだけなのか。だったら走る意味はない。新幹線に乗れ!飛行機に乗れ!そのほうが速いぞ!」

 

「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか?」「速い、ですか?」「いいや。『強い』だよ」

 

「俺は証明したかったんだ。弱小部でも、たとえ素人でも、自分の力を引き出す情熱があれば走ることはできるんだって」 

 

ぼくの感じてきたことや、これからやっていきたいことってかなりこの中に含まれているなぁというのを最近感じています。

 

昔は、一つの価値基準でレベルが「すごい」(=速い)が最高の褒め言葉だと思っていた。だけど、そこには深さがない。薄っぺらい。速く行きたかったら新幹線に乗れ!って言葉まさにそうなんですよね。すごさだけを求めていった先に、結局なんのためなんだろうという虚しさが残る。

 

ぼくは強さというよりは、力強さみたいな言葉が浮かぶ。前にブログに書いたけど、高校3年生のときにマイプロジェクトアワードで出会った大槌の子のプレゼンは言葉から伝わってくる力強さがあった。

 

紛れもなく自分の言葉だった。心の底から出ていた言葉だった。彼女のプレゼンをずっと忘れられずにいる。

 

ふと、自分もそうじゃない言葉を出すことがあるし、まわりを見ても本当にそう思ってるのかなと思う言葉がある。そんなことを日々思うからこそ、ぼくはプロジェクトの中に「ジブンゴトLab.」という名前をつけた。

 

この1年、ぼく自身が考えたい。

アクションを起こすってどういうことなのか…

 

 

最後に、もしよかったらクラウドファンディングにご支援いただけると嬉しいです。下のリンクからReadyforプロジェクトページをご覧ください。


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readyfor.jp

すごい僕、やめます。

「仙台で一番すごい」とか「すごい大学生」と言われることがたまにある。

 

周りからみるとバリバリやっててできるみたいなイメージなのかもしれない。

 

今までぼくもそういうバリキャリ!エリート!すごい!みたいな像で見られたい欲求もあったので、そういう自分でいた。

 

実際、すごいと言われるのは嬉しい。

 

でも、なんか。

 

「自分これでいいのか」みたいな感情はずっと抱えていて、すごいって言ってもらえるけど、そこから深まったり、広がったりってあるのか。

 

シンプルにいうと、本当になりたい自分ではない。

 

そんなことをこの1年間感じるわけで。

 

こないだ先生から「木幡はリーダーではあるけど、実は前に出ていたいタイプじゃないんだね。」と言われてハッとした。

 

今まで、こうでありたいと願っていると思っていた像は、実はこうでなきゃいけないと思っていた像だった。

 

ちゃんとしないとできないんじゃないか、大きくしないといけないんじゃないか、自信ありげじゃないといけないんじゃないか。そんな不安とともに、自分の本当に望んでる場所が分からなくなっていく自分に苦しんでいるとは知らずに苦しんでいた。

 

今まで目標にしてきたことって実はありのままの自分じゃなくて、こう戦略を立てたら受けるんじゃないか、みたいな誰のためでもない客観視で。

 

自分がなりたい姿だから書いてるんじゃなくて、こうだったら儲かるかもみたいなイメージ。でも、それってあまり幸せではない気がする。

 

 

前に、BigよりGoodになろうって言ってたひとがいた。今ならわかる気がする。

 

自分にとってのGoodを追い求めたい。

 

大きくすることだけが目的ではないと思う。本当はどう描くのかは自分次第。

 

小さいまま続けていくことだって一つのカタチだと思う。

その想いを突き通せるかどうかが重要なのに、そこに自分は勝てなかった。

 

実はぼくは大勢で話すことや大きなことをすることがあまり好きではない。

 

今までは、自分は好きまではいかなくてもできると思っていた。でも、よくよく考えてみると無意識にこうしたほうがいいかなとかこれが成功イメージみたいな気持ちでそれを選びとっていた。

 

謙遜ではなく、僕は真ん中で目立っているタイプではない。教室の隅っこで好きなことを好きな人たちと平和におしゃべりしてたいタイプだと思う。ああ、そういえば中学生、高校生のときもそんなだったな。

 

だから、真ん中に立つことにとても緊張を感じる。中学生のときに学級委員になったときはなった後が憂鬱で仕方なかった。笑

小さなグループで話したり、対話していることが一番楽しい。

 

僕は演じるというよりも、自然体で会話を楽しんだり、デザインをやったり、企画をすることが好き。つくっていることが好き。

 

だから、これから何かをするときは基準をすごいかどうかじゃなくて、自分の想いを忠実に再現できているかどうかだし、自分がそれをどれだけ愛せるかにしようと思う。

 

やっぱり、ぼくはクールにすごいふりをしているよりも、みんなに愛嬌を振りまいている自分のほうが大好きだ。

 

実際、大してすごくないし。

で、コハタどうするの?大学4年になったけど

新年度です。

気合いを入れに入れまくった2016年も2016年度も終わって、遂に2017年度がやってきました。

(結局、ブログ戻ってきました。)

 

2016年度はこんな4月から始まり、前が全く見えない霧の中を歩いてきました。トンネルの中を歩いてる感覚は2015年くらいから2年ちょっと実は感じていましたが、去年は前が見えないなかで自分がすごく変わっていくなぁというのを実感していました。

 

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

去年書いた「ネガティブですが、僕の気持ちを聞いてください。」という言葉に代表されるように、本当にガス欠状態で何を原動力にしていいのか分からないし、自分の実績を振り返ってもあまり興味が湧かないし、何より言葉にすることが億劫でした。特にブログを書くことが苦しかったです。

 

でも、そうなってみて良かったこともたくさんありました。それは、今までに経験したことのないポジションや環境を経験できたこと。自分の過去に胡座をかかなくなったり、万能感が消えたり、だからこそ言葉だけでは何も動かなくて行動しないと何も変わらないんだなということを身を以て実感しました。

 

そして、やってきた2017年度。

 

なんと…大学4年生です…!

 

嘘じゃありません。ホントです。信じてください。

 

今年は目標を話すというよりは、オマエは何を創りたくて、この1年どう使うの?という部分を細かに話していきたいと思います。

 

1.僕が向き合った1年

この1年ずっと向き合ってきた。ぼくって何をしたいんやろ。

高校生だろか、メディアだろか、デザインだろか、それとも…。

 

それは、自分のなかで考え込んでも全く…出てこなかった。

 

好きなことはある。高校生と対話を繰り返して、彼らがアクションを起こしていくのを見ているのはとても好きです。このブログを書いたり、メディアを作ったりして何かを発信することも好きです。イラレやフォトショを使って、人にコハタセンスあるな〜って言われるようなデザインをすることも好きです。結局、やれば何でも好きなんだ。

 

でも、それがぼくの野心を燃やせることかというと、ちょっと違う気がする。「高校生」っていう括りに関して話すと、なぜ力が入らないかは分からない。でも、今は何かが違うんだと思う。

 

「メディア」と「デザイン」に関していうと、Will、Can、MustのCanには入るけど、それがWillには入ってこないのかなぁと思う。例えば、こんなデザインや広告をつくって世の中をアッと言わせたい!みたいな野望がぼくにはない。メディアだってそう。ぼくはメディアは効果的に広める手段の一個であって、それがすべてだとは思っていない。

 

それで、悶々としていたある時に大学の後輩のいろんな子と話してて分かったんです。ああ、この子たちだなって。

 

「大学でプレゼンをやるだけじゃなくて、活動したいんですよね。動きたいんですよね。」「結局、フィールドワークとかするけど…そんなに行けないから何かできるわけでもないし…。」

 

なんかうずうずしてる子たちって案外そばにいるんだなってことに気づいたんです。

 

もともと、大学に入った頃に周りとの意識の差にすごく悩んだ時期があってなんとかしたいと思ってたんです。でも、ある意味では向き合わずに逃げ込んでた外の世界が高校生たちなのかもしれない。半径5メートルを変えずに、外を変えようとしていた。だからこそ、大学の後輩にうずうずしてる子がいるんだと思ったときは、いま自分がやりたいことだなって感じられた。

 

2.再始動

構想をはじめたのが2月初旬だった。それで、企画書をつくって、仲間を集めて、いろんな人にお話ししてやっとこさここまできました。

 

それで、単刀直入にいうと4月から、昨年活動休止にした一般社団法人東北ソーシャルアクションエンジンとしての再スタートを切ります。

 

詳細については、いま法人のWebをつくっているのでWebを上旬のうちにリリースして伝えられるようにします。

一般社団法人東北ソーシャルアクションエンジン・公式Web

 

きょうは、どちらかというと結局僕たちが再始動していく上で何を創りたいんだろうという話を深めにしたいと思うんです。

 

一言でいうとぼくは「自分事の行動ができる人」を増やしたいんです。別な言い方をすると、ぼくはそんな人たちと一緒にいたいです。

 

どういうことか。

 

意識高いことって誰でも言えるし、解決策もそれっぽいものは話せる。学生団体に入ったり、インターンしたり、就活のために知識を増やしたり、そんな今だからこそ自分事って大切なのかなぁと思います。

 

ぼくがこの価値観に出会ったのは、高校3年生の冬でした。

 

高校生が行なっている地域活動・社会活動の全国大会。予選でぼくは明らかにレベルでは勝っていただろうという子に負けました。

 

当時は負けたことの意味が分からなかった。活動のレベルで言ったら明らかに僕の方が…と思っていた。でも、その子は僕にないものを持っていた。

 

それが「自分事」だった。その子は素朴な子だったけど、自分のやることがとても楽しそうにしていたし、自分が笑顔になってほしい人のことも分かっていた。とても素敵な言葉を発していた。きっとそれが周りに伝わったんだと思う。

 

地域課題がとか、今社会は…とか、こんなすごいことやってるんですとは、誰でも話せる。過去のぼくがそうだったから余計に、そんなひとを見てると本当に楽しいのかなぁと思ってしまう。課題を解決しても、どんなにスゴいことを言っても、結局は楽しくなかったら僕は意味がないと思う。誰かのためって、結局自分が一番共感できないと誰かのためになれないんですよ。

 

ぼくは、その人にしか感じれない「ジブンゴト」を表現できたら、きっと楽しいだろうなぁと思う。そして、そのアクションもいろんな人に伝わるだろうと思う。

 

それを、大学の後輩と話した時に感じた。

 

エリートを育てたいわけではない。有名な大学や有名な企業に進んでもらいたいわけでもない。課題を解決していくリーダーに必ずなってほしいわけでもない。

 

自分の楽しいをつくって、シェアをして、その中でみんなの困りごと(課題)もよくしていたら僕はいいなと思う。プロジェクトとしてでなくてもいいと思う。チームにならなくてもいいと思う。これができたら楽しいと思う、こうありたいと思う、となりのあの子を喜ばせたいなって思うその想いに向き合える人たちが増えたら、僕は夜も語りたいし、毎日が楽しい。

 

だから、僕も一歩前に出ます。

 

3.生活拠点を仙台へ

いま、僕はこのブログを住んでいる実家で書いています。

 

僕は21年半、親の脛をかじってます。でも、そろそろ決意として、この家も出て自分で生きていきます。本来なら法人を立ち上げた1年半前にそれをできる状態にしなければいけなかった。でも、ズルズルとここまで来てしまいました。

 

どんなに立派なことを語っても、自分の足元がおぼつかなければ意味がないことだし、親に申し訳ないことをしてれば、それは自分の「楽しい」ではない。

 

だからこそ、まずは自分が外へ出て生きていけるようになりたいし、そのために責任持って自分が生きていくためのお金を今年は集めてスタートを切りたいと思います。こちらも4月中にリリースを出すのでよろしくお願いします!

 

そして、何と言っても仙台に暮らしているほうが何かと活動・大学のためにも便利なので、生活拠点、法人の拠点全てを移す予定です。

 

今、シェアハウスをするかもしれないという話も含めて、どこに住むか検討しているところです。7月めどに仙台に引っ越します。

 

4.学生として最後の1年

さて、なんとか単位も要件を満たし4年生にあがることができました。いろんな人に迷惑を振りまいてきてしまいましたが、なんとかかんとかあがることができました。家出したり、当時の彼女に大迷惑かけたり、大学ばっくれて6単位しか取れなかったり、休学しようとしたり、稼げなくて親の脛かじったり、全部投げ出して仲間に迷惑をかけたり…。

 

最後です。去年までは「エース」でありたいと思って気張ってましたが、今年は自分がどこにいるかよりも僕が楽しい、みんなも楽しい!!!いえーい!みたいなところを意識しています。

 

すごい!よりも楽しい!嬉しい!かわいい!美味しい!みたいなところってとても重要だと思うんですよね。その楽しい!をみんなで作っていくために、自分はどこにいてもいいと思うんです。

 

でも、言い出しっぺなのでやることはやります。笑

 

「エース」というよりは「キャプテン」みたいなところかな。

 

それをできるようにするためには、どうすればいいんだろうというのを残りの1年で足りない単位(な、な、なんと32単位…)を取るために授業に出ながら学んでいこうと思います。

 

そ、し、て、卒論は楽しみながら書きます。てへへ。

大学生世代の子たちがアクション起こしてったらキャリアにどう影響があるねん、地域にどういういいこと起きるねん、で結局何が必要なん?というところを検証するために論文書いていきます。なので、活動と同時並行でデータ取ったり、ヒアリングしたり、参考文献持ってきたりして論文書いていくことになります。

 

ちなみに、今後に関していうと就活はしません。先ほどいった通り、法人の活動を生業にしていきたいので、お金をいただいていくところを模索しながら動いていきます。あとは、大学院を受けます。

 

テーマ的には卒論と変わりないですが、卒論を書いてみてより深く書いてみたいと思う部分、時間的に2年経ってみてどうなるのかという部分、事業的にみても確立させていくフェーズに入るのでどうやったら成り立つの?というのを研究していこうと思っています。

 

5.書くしごと

書くことというよりは、ぼく自身が発信していくこと全般かなと思っていますが、今年は自分の思っていることをそのまま伝えるというよりは、もう少し考えて出していきたいなぁと思っています。

 

言ってみれば、連載やエッセイを書いて読んでもらうようなイメージで。

 

ただ、こんなことしてます、こんなところいきましたではなくて、テーマを持って話すような。

 

とはいっても、真面目なのは卒論で書くので、こっちはドタドタした生活のことを中心に書いていこうと思っています。

 

いずれにせよ、言葉でのアウトプットも多めにしていこうと思います。

 

6.プライベートも充実させたいです(切実)

きょう、一番言いたいことです…。()

 

大学4年、活動を始めたとき17歳だったぼくもことしで22歳!!!

 

気づけば、大学に入ってから長い期間安定して彼女がいたことがない…。

やっぱり恋愛はしたい…!

 

彼女募集中です!!!!!

かわいい丸顔の包容力があるおねえさーん!!!

 

………

7.ドタドタした生活はつづく

まぁ、そんなこんななぼくではありますが、相変わらずリスクしかない人生を歩んでいます。笑

 

こんなこと書いても達成できるかどうかなんて不確実ですが、それでもできると思って頑張りたいと思います。

 

お金もままならないこともしばしば、誰かに奢ってもらえないと生きていけないときもあるし、仕事も責任果たせない時もあるし、何かと病むときだってあります。(というよりは、こっちのほうが多い…)

 

そういえば、逃げ恥でひらまささんが言ってましたね。生き抜くことが大事だって。

 

なので、走り方がキレイじゃなくても、泥の中だろうとぼくは進んでいこうと思います。

 

好きなことをするために、みんなと一緒に楽しく生きるために。

そして、ぼく自身がもっともっと動いて「ジブンゴト」にしたいから。

 

 

今年度も木幡真人を、そして再始動する一般社団法人東北ソーシャルアクションエンジンのことも温かい目で見守ってもらえたら、少しだけ手を差し伸べてもらえたら嬉しいです。

 

不器用ですが、みんなと力を合わせて進んでいこうと思うので、よろしくお願いします!

基本に戻ることが実は一番難しい

今週、立て続けにミスを犯してしまい、かなり不調だった。同時に体調も崩れるし、メンタルも久しぶりに落ち込んだ。

 

やはり今の自分はやるべきことだけに集中したほうがいいんだろうか、今の環境が辛いと自分をネガティブに追い込んでいくような思考になっていた。でも、我に返ると、すべてが全て思い通りに行っていないわけではない。むしろ、そうやって自分が縛りをかけているだけ。

 

そして、きょう朝6時に起きてみてあるひとつのことに僕は気づいた

 

基本がなっていなかった。

 

 

どういうことかというと、年が明けてからの僕は起きるのは早くて朝8時、遅いと10時くらいに起きてくるというのがデフォルトになっていた。そのせいで、朝の準備もろくにできなかったり、大学の講義ギリギリに着いたり、仕事も1日で達成したいことをできずにいたりした。

 

 

元々夜遅くまで起き続けるのが苦手なタイプなので、必然的に一人で集中できる時間をつくるとなると朝になる。しかし、その朝の時間帯を潰してしまうと、それ以外は他人に左右されることが多いので、思うように進まないことが多い。しかも、夕方になってくると集中力も体力も落ちてくるので、いいや明日やろうとなってしまう。

 

そうして、ずるずるずるずるタスクを溜め込んでしまう。

 

 

でも、次々とやるべきタスクは差し迫ってくる。もっともっと、マルチタスクになって注意散漫になってしまう。

 

 

そうやって、負のスパイラルに陥っていた。

 

そして、朝6時に起きてみて、基本がなっていないからフラフラしてしまっていたことにやっと気づけた。

 

 

 

今朝思い出したことで、前にサッカーJ1広島の監督のドキュメンタリーを見たときに、逆境のときこそ基本に立ち返ると言っていた。

 

逆境のときに苦しくてそろそろ止まりたいという思いととにかく大きく何かを変えなければというふたつの思いが出てくる。苦しいときは1回止まってみてもいいかもしれない。そうして気づくのは、何かを大きく変えなくてもいい。でも、一つだけ基本に立ち返ろうということ。

 

しかし、実はその基本に立ち返ることが一番難しいということ。

 

これからも6時起きを続けて、ちょっと朝早くに仕事しようと思う。

あ、ぼく物欲がない。

2017年にやりたいことを書き出していて、僕はあまり物欲がないことに気づいた。

 

これといって欲しいものがない。

 

車が欲しいとも思わないし、高級なモノが欲しいとも思わない。オシャレができる服があれば満足だし、それらだって高級なものというよりは、アートな感じのものの方が好き。強いていえば、仕事に使うためのMac Bookと一眼レフカメラにこだわりたいくらい。

 

それ以外は家にいることも少ないから、ちょっとした家具があれば十分。

 

欲しいと思うものにはお金をかけたいと思うけど、世間的に高級と呼ばれるものには詰まるところ興味がない。あ、高くても絶対に欲しいものはある。たとえば、気仙沼ニッティングのような、作り手の想いが詰まったものはとても欲しい。

 

 

www.knitting.co.jp

 

結局、僕は何が欲しいんだろう。どんな生き方をしたいんだろう。

 

 

どこかに固定されて生きるというよりは、旅をするような生き方がしたい。リュックの中にMac Bookと一眼レフカメラを入れて、東北のいろんな地域にいる人に会いにいく。そのいろんな人を取材したい。地域や文化とともに生きる多くの人の生き方を見てみたい。

 

もしかしたら、物心ついた頃にメディアの仕事をやりたいと思うようになったのは、旅をするようにいろんな生き方を見たいと思ったからかもしれない。友達のどのグループにも入れた、でもどのグループにも定着できなかった。だから、いつも居場所が違った。

 

とある日はクラスでも目立ってる男子たちと野球をやったり校庭で走り回ったり、ある日は女の子たちと恋バナをしたり、とある日は図書室で友達と本を読んだり。誰といても楽しかった。だけど、特定の誰かとずっと一緒にいるのはあまりなかった。

 

そんな子どもの頃の性格が今に続いているのかもしれない。

 

 

 

もし、仙台に住む時が来たとしたらシェアハウスに住みたい。仙台に帰ってくると、自分のロードバイクでシェアハウスまで帰る。そうだ、自転車はちょっと高めのやつが欲しい。

 

 

シェアハウスに帰って、みんなと今日あったことなかったこと、お互いの未来の話とかを夜な夜な語りたい。お酒はとても弱いので、ほどほどに。だけど、ちょっとで幸せになれる。笑

 

自分の最後の砦みたいな壁は持っているけど、そのわりに寂しがり屋なので、シェアハウスに住みたい。

 

 

将来的に仙台に拠点を置くとして、オフィスはシェアオフィスがいいなぁと思う。最近、よくお世話になっているコワーキングスペースがあって、行くといろんな人に出会えて楽しいなぁと思う。そんなところで、仲間とメディアをつくって発信をする、集まってくる高校生たちとワクワクすることを考える。

 

ああ、やっぱり楽しいと思うことをやりたい。

 

 

あと、やっぱりお金をかけるなら美味しいものにお金をかけたいと思う。

みんなで食べるご飯はとても大好き。一人で食べるときはあまり気にしないけど、やっぱり他の誰かと食べるときには暖かい気持ちになりたいから、美味しいものを食べたい。

 

 

書いていて気づいたのだけど、たぶん僕はこの3年間くらいでギラギラした何かよりも暖かみのある自然なものが欲しくなったんだと思う。波長が会う人との繋がりだったり、経験だったり、想いが通じ合う瞬間だったり。

 

もちろん、自分には熱さはあると思うし、ギラギラした部分もあるし、お金も欲しい。でも、熱さっていう目で見てわかりやすいものの先にある、優しさみたいなものが本当に欲しいんだと思う。

 

 

人間、一つだけの側面を持った人間なんていないと思う。熱さとか優しさとか全てを含めて、人と通じ合える豊かな生活が僕は純粋にほしいなぁと思う。

 

改めて、そんな生活を得たい2017年。

結果を出せない時期に学べること

「木幡さんってそういう視点があって、俺とは違いますよね」と後輩と話していたときに言われた。

 

 

後輩と話していたときに、あるコミュニティで活動している高校生、大学生が結果を出せてなくない?という話を言われた。そのときに、僕は結果を出せていなくてもいいんじゃないかなという話をした。

 

生ぬるいと思われるかもしれないけど、僕はそう思うんだ。

 

僕がそう思うのは、自分自身が大学に入ってから数多くの「しょっぱい」経験をしてきて、それでもいろんな人に助けてもらったからだし、たとえ結果を出せなくてもその時の経験に意味があると思うからだ。

 

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