コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

カオスな"約"大学1年生の会を開きました。

2016年、後半がスタート。ここから巻き返しだ!と意気込む大学3年生です。

 

折り返し地点を回って、初日の7月1日は”カオス”な『”約”大学1年生の会』を開きました。笑

 

掻い摘んで説明すると『仙台に集まる大学1年生どうしで繋がってお互いを知ったり、悩みを語り合ったり、いろんな情報を共有し合おう』というゆるい会です。

 

大学3年生の僕がなぜ『大学1年生の会』?と思われるかもしれません。 その通りなんです。実際、僕以外は大学1年生でしたから……。

 

事の発端は、先月20日に大学1年の子とLINEをしたときに「最近どう?」と聞いたことでした。その子は高校の頃から活動をしている子で、高校生のときは地元で見てくれたり、いろんなイベントを紹介してくれる大人がいたけど、大学生になって仙台に来てからはなかなか地域と関わるというチャンスがないと話していました。

 

そういえば、せっかく高校のときから活動してきた人たちなのに、お互い繋がらないことで悩むのはもったいないなぁと思い開くことへ至りました。そして、呼びかけた様子がこちら。

 

https://www.facebook.com/masato.kohata/posts/1087768937969941?pnref=story

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人数は5人くらいがいいねということで、そんなに集まらないだろう…と油断していたのですが、気づけばすぐに行きたいです!という人たちが集まり結果6人で開催しました。

 

はい!こんな感じ。笑

 

 

(集合写真撮るの忘れてた…)

 

結果的に、同じ大学に通っているけど今まで知らなかった!という人たちが繋がったり、地域と関わる活動の情報を知るきっかけになったり、僕の恋愛を根掘り葉掘り聞かれたり……。とっても楽しかったです。

 

2人くらいと熱が入って語ったのは「大学1年生のこの時期って大学がつまんなくなってきますよね。」っていう話。やっぱり自分だけじゃなくて、他の人も思っているんだなぁと感じました。学校に行って、これって自分のやりたいことなんだっけ?って思うことの授業を受けて、バイトに行って、淡々と毎日が過ぎていく。これでいいんだっけ?ってなってくると。

 

実際に話していると、いろんな考えがあるんだぁと知れました。

 

繋がるだけでなく、動きたい!と思っている人たちがもっと語って、行動にしていけるように小さくでもコミュニティを作っていきたいなぁと思っているので、今度は夏休みくらいに温泉旅行がてら自分を深掘りする合宿をやろう!ってことに決まりました。4人くらいでやります。

浪江に行って感じたのは「見てきたようで見たことがない景色」だった

今月11日、僕は福島県浪江町にいた。浪江出身の後輩が開いてくれたツアーに誘われて、参加した。

 

高校3年の冬に南相馬市小高、大学1年の冬に広野町に連れて行ってもらった経験があったから原発の近くに行くのは今回が3度目だ。

 

帰還困難区域のバリケードが設置されている光景、人影がひとつもなく草木が生い茂っている様子、自分が住んでいた場所は5年前から止まっているというこれまでも見てきたようで見たことのない景色だった。

 

目を逸らしてきた「震災」と向き合いたい。

 

こう言ってはなんだけど、行こうと思ったのは「単純に自分の目で見たい。」というのが最初の気持ちだった。

 

山本幸輝という東京の大学に通う、浪江町出身の大学生から誘いがあった。彼は、高校生の頃から福島を中心に活動をしていて、それで僕が大学1年のときに知り合って仲良くなった。

 

ツアー当日の幸輝。いまは、陸上長距離をやっていて朝練をしてきた。

 

幸輝から高校生の頃から浪江に対する熱い想いを聞いていた。だから「何かを考えたい」というよりも、久しぶりに会って彼がいま何を思うのか、浪江という地がいまどうなっているのかを単純に自分の目で見たかった。

 

震災から5年経ってどうなっているのかを。

 

そう思うのには「理由」がある。

 

僕は高校のとき石巻にいたというだけで実家は内陸の涌谷だし、被災地というものに当事者意識をなかなか感じないということもあって、大学に入学して仙台に来てからあまり震災に関しての言葉は出さないようにしてきた。自分が話しても、お門違いのような気がするから。

 

当事者意識は持とうにも、なかなか持てない。しかし、「東北」という地域を語ったり、まちづくりに関する研究室に入って活動するいま、逆に「震災」というキーワードから目を逸らしすぎるのも不自然じゃないか?と思って、自分はそれを見て何を感じるんだろうかというのを知りたいと思った。

 

見てきたようで見たことがない景色

 

当日は、僕と幸輝を含めた大学生5人と福島で高校生をサポートする一般社団法人の加藤さんと合わせて6人。

 

お昼に南相馬市小高地区によって、前日に再開したという食堂でラーメンを食べた。そこでは常時住んでいる人はいないとはいえ、小高地区は2年半前に行ったときと比べれば人が多くいた。

 

ちなみに、僕は小食なのか女の子よりもダントツで食べるのが遅かった…。頑張ってもやしラーメンを完食。

 

その後、浪江に行き津波の被害を受けた学校や幸輝たちが通っていた中学校、街の中を見て歩いた。

 

そこで僕が見たのは『見てきたようで見たことのない景色』だった。

 

被災地の光景を今まで少しは見てきたつもりだった。震災直後に石巻の高校に入り、部活で走るときに浜のほうで何もないところを見たり、被害を受けた校舎を見たり、ソーシャルな活動を始めてからは石巻だけではなくて他の地域のそれも見た。

 

この記事の最初に「当事者意識を持てない」ということを書いた。僕自身が「震災」「復興」という言葉を表に出さないようにしていたのは、景色を見ていろんなことを考えるが、その人たちの想いというところまで同じにすることはできなかった。いつも、見ても冷静でいれてしまうところが、自分が当事者意識を持てないんだなというのを冷たく返ってきた。

 

別に否定するとか、共感できないとかそういうことではない。単純にその人自身の想いを強く汲み取ることが自分にはできないと思った。

 

だから、自分が震災を語るのは違うんじゃないかなと思って、抑えていた。

 

しかし、浪江に入ったときはいろんなことを感じた。「衝撃」という言葉で表してしまうと嘘だけど、それでも今までとは確実に違う何かを感じた。

 

見えるものが違うという点はもちろんある。

 

彼の元住んでいた家は、バリケードの先でどう頑張っても入れない。同じ被災地でも、日本でも、そんなところがあるんだというのを自分の肌や目で感じたことはかなり大きかった。また、彼が通っていた中学校は津波の影響は受けてないが、2011年3月11日から5年という月日が経って尚、何も変わっていない。

 

そういう点が今まで見てきたものとは違うという点はあった。

 

でも、それだって今まで似たようなものは見てきたし、震災特番などでメディアを通して見てきた。でも、僕にとっては見たことのないような景色に見えた。

 

「思い出」が感情を揺さぶったのかもしれない

 

紹介するのが遅れてしまったが、今回のツアーのコンセプトは『彼の思い出を見に行く』だった。

 

僕にとってそこが感情が揺れるポイントになったと思う。

 

ただ被害の様子を見たり、人の話を聞くだけではなくて、そこにいた当時の彼が遊びに行っていた話、学校に通うときの話、スポーツをやったときの話、街を歩いたときに話。全てが入ってきた。

 

それがが今まで見たことのあるようで、今まで見たことのない景色だったんだと感じた。

 

自分の中で印象に残ったのは、自分の思い出がそこで止まったまま、でもそこには入っていけないという感情の強さみたいなものだと思う。

 

他の誰でもない、本人たちの直にある記憶、感情から引っ張り出されたものがストレートに刺さったんだと思う。

 

まとめ

 

今回、浪江に行ってみてシンプルな言葉はまだ出ていない。東北がどうだと今回だけでは語ることはできないし、震災に対してこうとか結論を出すこともしない。

 

何かに答えを出したいと思ったわけではなくて、単純に見たいと思っただけなので言葉にする必要もないと思う。

 

ただ、最近の僕は生まれた「涌谷」や自分がいま活動の拠点にしている「仙台」に対して何を思っているんだろう?というのに向き合おうと姿勢を変え始めている。きょうの話の流れで言えば「思い出」というものが、地域の見方(自分のなかでの景色)を変えるんだと思う。

 

今回、山本幸輝という人が持つ思いや記憶を見ることができた。ある意味では、浪江に行ったというよりも、山本幸輝のなかでの景色を見に行ったんだと思う

 

おそらく、僕は表では「震災」に向き合いたいと思っていたけど、真髄の部分では「今まで考えてこなかった、自分の地域」を考えたくて、地域への思いを語る彼らを見てきたんだと思う。自分のなかでの「思い出」を探っていけば、自分のなかでの「地域」が見えてくるのかもしれない。

 

何気ないきっかけだったけど、本当に今回は行ってよかった。

 

おわり

『動き続ける』よりも『流れ続ける』ことを意識することが大切

お昼に大学で後輩とすれ違ったときに「楽しそうですね。笑」と言われた。

 

さっき交差点で久しぶりに会った友達からメッセージで「前より雰囲気静かになったね。激しくなかったよ。」と言われた。(『凛としてきたね』ということで勝手に解釈している笑)

 

たしかに、自分でも以前に比べて100か0かのようなアップダウンの激しい日がなくなってきたように感じる。だからといって止まっているわけではない。

 

『流れ続ける』のを意識している。

100か-100!だった従来型の僕

 

 

このツイートに代表されるように、アップデート前の僕はとても致命的なバグがありました。

 

めっちゃ速くダッシュするか止まって洞穴から出てこないかの2択。しかも、それが操作によって動かせるものではなくて、突然やってくるという制御のできなさ。笑

 

もはや、真人という名前の如く人間らしいの度を超えすぎて、数々の人が木幡をアンインストールしていくわけですね。あはは(笑えない)。

 

今考えると、自分はストレスに強いタイプではないので、環境に適応できないストレスが表に出て『学校に行きたくない』とか『朝起きられない』ということにつながったり、感情の上がり下がりも激しかったのかもしれません。

 

動き出すときが一番大変、あとは楽。

 

僕の意識が変わったのは5月の後半。身軽になり、いよいよ自分ひとりでこれから挑戦していこうという気持ちに切り替わった。

 

アップデートした(?)で改善されたのは、100か-100かの流れのない自分から流れるように進み続けることだった。

 

最初は朝起きるのが早くなったとはいえ、だいぶテンション高めにいかないとできなかった。電化製品でも車でも、スタートが一番エネルギーがかかるというが、木幡とて全く一緒なんだと感じた。

 

最初こそ、とてもエネルギーを必要にしていたが、だんだんと早起きすることに対して抵抗がなくなってきた。むしろ、勝手に体が起きる。

 

少しでも、流れ続ける。

川

 

僕が最近意識していることは、毎日10ずつでもいいから進み続けるということ。

 

0にすると再び動きだすのがしんどくなる。だから、超遅くても、超少しでもいいから動いてみる。

 

たとえば「きょう気分が上がらないな〜」と思ったら、何をしようとか決めなくてもいいから、とりあえず家から出てみる。

 

この、とりあえず手をつけてみることが大切なんだと思う。

 

あとは、止まらないために常にやっていることは自分の気持ちをノートに書くコト。不安だな〜とか悩み始めたと思ったら、今の自分の気持ちをノートに書く。些細なことでも。

 

『何もしたくない。』とか『授業出たくない。』とか。

 

そこから、どうして自分がそう想うのかを深堀りしていく。前にロジカルシンキングの本でトヨタ『なぜなぜ5回』というのをしていると目にしたことがあるが、それに倣って5回「なぜ?」を繰り返す。すると、だいたいどうして不安になっているのかがわかってくる。

 

悩みや不安の本質的な理由が見えてくると、大して大きなコトではないし、むしろこうしたらいいじゃん!という解決策が見えてくる。楽になるだけじゃなくて、むしろ楽しみになる。

 

それを原動力にまた進み続ける。

 

『動き続ける』よりも『流れ続ける』ことを意識する

 

ところで、さっきから『動き続ける』ではなく『流れ続ける』と書いていますが、僕のなかでは明確に違います。

 

動き続けているだけだといつかは枯渇するときがやってくる。疲労で突然ブレーキがかかってしまう。

 

だから、僕は流れ続けることを意識している。

 

お金を支払い続けたら貯金がいつか0になるのと同じように、アウトプットもいつか貯金が底をつく。だから、インプットや学ぶこと(収入)を意識していく。

 

他の例えでいえば、練習をしたら、身体のケアや栄養を取り入れていくように、インプット(栄養)を取り込んでいく。

 

大きく出すだけ、今は学ぶだけというふうにどちらかに偏るのではなくて、並行して行っていく。

 

そうすると、バランスが取れてきて動きやすくなってくる。

 

ちょうど、自分の調子が好転し始めた頃にある人が「NPOの経営は流れることが大切。お金が貯まることよりも、通帳に多く記載されていく(=お金の流れを生む)ことが大切。」と言っていたけど、まさに個人にしても同じなんだと思う。

RUN RUN!

安定してくるから、激しくなる必要がない

 

こうして、毎日流れ続けることでカクカクな動きから滑らかな動きに変わってくるので毎日が安定してくる。

 

すると、今まで精神的にもいろんな面で負荷がかかっていたのが、あまり大きな負荷がかからず激しくなる必要がなくなってくる。

 

だから、自分でも気づかないうちに『最近、雰囲気が変わったね。』と言ってもらえたんだと思う。

 

越えたい『3週間の壁』

 

ちなみに、僕はいま3週間の壁にぶつかり始めている。3週間を過ぎて、4週間目で若干マンネリ化したり、キツくなってきたりする。

 

ちょうど、先週かなり体力を使ったので月曜日のきのうは大学の授業が終わると自宅に帰ってきて、夜ごはんとお風呂に入るために起きた1時間を除くと12時間寝ていた。今朝も起きたくなかったけど、頑張って7時半に身体を起こした。笑

 

今までこの「3」のつくタイミングで、壁を乗り越えられず倒れてきました。

 

でも、この『流れる』ことを意識していると、今までの『動く』だけのときよりも安定して次に行けるんじゃないかなと思っています。

 

疲れている分、少しの動きでもいいというふうに切り替えたり、インプットをしていくコトで流れを生み出すという考え方。

 

ここからが勝負だと思うので、少しずつでも頑張って流れ続けていこうと思います。

 

おわり

「地域」が先か、「人」が先なのか。

最近の、モヤモヤ。

 

自分がやっていることを説明するとき、1つに絞りきれない

 

『地域を盛り上げる』ことをしたいのか、『人を応援する』ことをしたいのか。

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自分のなかではひとつになっているつもりでも、実際に他人に説明するときにはバラバラになってしまう。シンプルな言葉で伝えられないということは、まだまだ自分の行動量と思考の深さが足りないんだろう。

 

たしかにこのふたつ、繋がっている。「人」が活躍すれば、「地域」が盛り上がる。

 

後付けの理由ではなんでも言えるけど、本心のところ自分はどっちに重きを置いているんだろう。どちらかを言い過ぎると、片方がおざなりになる。どちらも取りすぎると、結局どちらなの?となる。

 

気づきは授業中にやってきた

先日、大学で『社会起業論』という授業を受けていた。大学で学んでいる内容はかなり僕がやりたいことの延長線上にあるんだけど、この日は講師の人が授業をしていて最後に自分が課題解決したいプロジェクトをビジネスモデルキャンバスに書いてみようということになった。

 

ビジネスモデルキャンバス自体は大学1年生のときに1度習ったことがあったのと、以前高校生にプロジェクト運営のスキルを教えていたときにこのフレームワークをスタートアップ用に落とし込んだリーンキャンバスというのを書いたことがあったので今回は書きやすかった。

 

見慣れたビジネス・キャンバス・モデル♪ #techフリマ #Panpx #startup #iPhone #android #game #tokyo #bestoftheday #insagood #webstagram #instadaily #followme #all_shots #instagood #instahu

これがビジネスモデルキャンバス

 

これを書くために、自分のノートに東北ソーシャルアクションエンジンでやろうとしていることは”何”かブレストをしてみた。そうすると、とあるシーンが浮かんできた。

 

原体験は、実績とかじゃなくて身近なところにあった

 

今まで自分が「地域に関わりたい」と思っているのは高校時代に団体を立ち上げたり、多くの高校生を見てきたからだと思い込んでいた。そして、熱烈に『夢を応援したい。』と思っていた。

 

このメモを書くまでは。

 

これが実際に僕が書いたノート

 

『先生が解決したい課題について書いてみて。』というので、自分が解決したいことってなんだろう?というところから考えてみた。

 

そうすると、『地元(涌谷)に住んでいてワクワクしない。』というキーワードが出てきた。

 

ちなみに、僕が住んでいる涌谷町では公報誌で『ワクワクわくや』というのを出しているので、何にも言えない…。実際、最近は頑張っている人もいるので。

 

話を戻して、僕の住んでいる地元の涌谷町というのは宮城県の北部に位置するまち。

 

田んぼが広がっている田舎

 

僕はそういうまちで生まれ育ったわけですが、昔からそういう環境があまり好きではなかった。それよりも、車で30分ほどいけばイオンがある石巻や古川という街の方が魅力的に見えた。早く仙台に出たかった。

 

一番ワクワクしなかったのは、挑戦できる幅が狭かったからだと思う。

 

余計に僕はアナウンサーになるという地元にいてはできない職業を望んでいたから、早く大人になって出たかった。

 

紆余曲折を経て、今でも実家に住んでいるが、昼間は大学や仙台のスタバでMacをカタカタさせて夜に寝に帰るだけのようなもの。地元に住んでいるというほかの大学生に比べても、尚少ない。

 

たぶん、ワクワクしないという共通の認識は「なんとなく」同じくらいの世代にはあるような気がしている。その根本的なところを探ると、そもそも自分たちが住んでいる地域に関わっていないよね、知らないよねというところが大きい。

 

だから、若い人が地域に関わっていくようになればワクワクするんじゃないかというロジック。

 

だから『人を応援したい』というよりも、ワクワクする地域を創りたいということ

そもそも、キャリアデザインには興味があるのか

 

僕が言ってきた一つの言葉に「キャリアデザイン」という言葉がある。もとは、志とも言ってた。

 

 

では、そもそも僕はそういうところに興味があるのだろうか。

 

結論からいうと、ない。

 

たしかに、自分自身10年後の未来を想像したり周りと議論しながら自分の人生設計をすることもある。

 

しかし、他人にも必ず夢がなきゃいけないとか、キャリアを考えるとか、志を立てて社会を変えていくみたいな部分に興味がない…。

 

興味がないというと、お前こないだまでそんなこと言ってたやんけ!ということにもなるが…。

 

正確に言うと、最終的にはそういう人にもなってほしい。人を応援するからには、前を見て進んでいく人たちにもそうなってほしい想いは確かにある。

 

しかし、みんながみんな必ずキャリアをがっちり決めて生きてほしいかというとあまりそうでもない。自分も大学でキャリアの授業を受けていて、勉強にはなるけど、自分がめちゃくちゃ好きかというとそうでもない。

 

何が一番大事かというと…どうせなら楽しいことをやってほしい!

 

というだけ。

 

ワクワクする地域にするために周りにも関わってほしくて、どうせなら好きなことをやるほうがワクワクするから一緒にやろうよ!

 

というくらいな気持ち。

 

だから、もう一度いう。僕はそんなにキャリアをガッチガチにつくることに興味がないんだと思う。

 

まとめ

ということで…僕が生まれ育った地域がワクワクしないよね。今でも実家に住んでいるけど、寝に帰っているようなものだよ。自分たち世代が地域について知らないからこそ、関わる機会をつくりたいんだよ。僕はキャリアデザインというものにあまり興味がないんだよ。

 

ただただ、ワクワクする地域を創りたいんだよ。

 

総括するとそんな感じだろうか…。

 

つまり、僕は「地域」が先か、「人」が先かでいうと…。

 

『地域』が先。

 

なんだと思う。

 

おわり

武者修行

大学3年生になって2ヶ月が過ぎた。

 

大学生という期間も折り返し地点を過ぎて、いよいよ後半戦に入ってきた。大学4年間を42.195kmに例えると、マラソンは30kmからが未知の領域というけどやはり4年生は未知なのかもしれない。

 

しかし、30kmからスパートをかけるためにも20kmから30kmは大事な10kmになる。先頭集団で強気で攻めていかないと、最後の12.195kmの挑戦権すらもらえない。

 

この2ヶ月は弱気になっていた。

 

大学生は辞めずとも、プレイヤーとしての立場は宙ぶらりんでもいいかなと思えた。

 

集団からはじき飛ばされそうになっていたのを、奮い立たせてくれたのは自分の走りを今まで見てきてくれた大人たちの声だった。4月半ばから研究室に配属されて、自分のやりたいことにフィードバックをいただける環境ができたことは本当に自分にとって嬉しいことだ。

 

最初の1ヶ月半がとても宙ぶらりんで、授業もまともに出ずに塞ぎ込んでいた自分に比べればはるかに楽しくてしょうがない。

 

大変なことが多い。先生から今までなかったほどフィードバックをもらったり、やることが増えてきて少し息が上がりそうになってきた。やっぱり、後半戦だ。弱気になりそうになるけど、僕は厳しい環境に身を置く方が動くんだということも気づいた。

 

まだまだ、始まったばかりで慣れない点もある。自分がどう中で振る舞えばいいのか戸惑うこともある。

 

ただひとつ言えることは、僕は実現したいことがあって入りたい研究室に入ったということ。真価の問われるこれからの2年間だ。

 

決めた。

 

野球で言えば打率も大事かもしれない。しかし、誰よりも打席に入って全力で立ち向かっていくリードオフマンでありたい。一番失敗していく人間になる。その中でたまたまヒットの確率も高かったら、それでいいやって。最初から狙っていても動けなくなってしまう。だから、とにかく出続ける。

 

動きながら狙っていく。

 

格好悪くても、泥臭く。自分が信じる方向へ進むために喰らい付け。食らい付け。

 

さあ、武者修行の2年間だ。

いったい自分は誰なのか。自分は真っ白なんだと思う。

『お前は誰なんだ。そういうところが伝わってこない。

 

ある人から急にそんなことを聞かれる。答えられそうで、咄嗟に答えが出てこない。他人より自分を深掘りしていたつもりだったけど、自分は結局何者なのか言葉にしようとすると詰まってしまう。

Note

しばらく悶々と悩む。空中に想像を浮かべながら思い続けても一向にそれに対する答えは出てこない。

 

何度もあのとき言われた言葉が頭の中で再生される。

 

『木幡が着ているもの、身につけているもの、持っているもの、髪の色。全部がなかったらお前はなんなんだ。』

 

自分が身につけているもの全てなくなって、裸になったら。自分のやってきたこと、これからやっていきたいこと、周りにある環境。全てをひっぺがしたら、いったい僕は何になるんだろう。

 

そして、あの言葉を言われた瞬間からどうしてこんなに自信がないんだろう。いや、これは元来僕自身が自信のない人間なんだな。

 

『なぜ、僕は自信がなくて誰かに寄ってしまったり、他人が気になるんだろう。』とノートに自問してみた。

 

すぐには気づかなかったけどいろいろと自分の気持ちを書いていくうちに、自分は『何も書かれていない真っ白な人間だから』他人を気にしてしまうんじゃないかという答えに行き着いた。

 

きっと自分の身につけているもの全てをひっぺがしたときに残るものなんてなにひとつないんだと思う。

 

真っ白の紙かもしれないし、キャンバスかもしれない。

 

色がない(と思い込む)から、色を持っている他人ばかり見てしまう。他人が持っている色はいいなぁと羨ましくなってしまう。自分の色がない(と思い込む)からこそ、他人の中に寄っていきたいと思ってしまう。

watercolour

 

いろいろ思い出すと確かに無意識のうちに自分の考えではなくて、あの人がああいっているとかあの人と一緒にこれをやっていてとか、その言葉の中に『自分』という主語はあるようで入っていない。

 

何も持っていない自分よりも、何かを持っている自分のほうが優れているんだという想いを潜在的に持っているから自分を信じることができない。だから、『自分』ではなくて、後から手に入れた何かを自慢しようとしてしまう。

 

でも、冷静に考えてみると真っ白な人間であることも、他人を気にすることも悪いことだらけではない気がする。

 

真っ白だからこそ、他人を見ているからこそ自分にできることがある。

 

それが今までずうっとやってきた『メディア』という方法なんだと僕は思う。

 

自分が真っ白だからこそ人の色を受け入れられる。人の持っている色を活かして、綺麗な絵を描くことができる。絵を描いていく、描くためのキャンバスに自分はなれる。

 

具体的にいうと、自分が輝いていると思う人(色を持っている絵の具とか筆とかに例えられる)を伝えていく場所をつくる(メディアやプラットフォーム)ことで、その絵を見た次の絵の具や筆(若い人)がまた綺麗な絵を描きたいと思ってもらえるようにすることが僕のやりたいことなんじゃないかなと自問を繰り返していて感じた。

 

だからこそ、気づけたこと。僕は色を持っている人がいないと意味がない。でも、描く場所にはなれる。

 

先日世界を変えられると過去に思っていたと書いた記事にも書いたけど、僕一人では何も変えられない。世界を変えていくうちの、一つのものにはなれるかもしれない。

 

なれるためにも頑張っていかなければいけない。自分がメディアになるという行動をひとつひとつ積み重ねていって。

 

挑戦を続けて、そうして初めて描けるようになれるのかもしれない。

Picture

自分の言葉になっていないなら、自分の言葉にできるまで向き合えばいい。

今まで、誰かに自分のやりたいことを話すときに自分の言葉になっていないことが怖かった。

  

「想像できない。」って返されること、「意識高いだけじゃん。」って言われること、「本当にやりたいことなの?」って突かれるのが本当に怖かった。

 

だから、自分の言葉になっていないなら、もういいや諦めた。って今までならなっていた。

(overpriced) peppermint tea

 

 

実は、違うんだなって最近は思い始めた。自分の言葉になっていないことだから諦めるではなくて、自分の言葉になるまで向き合い続けることが必要だと気づいた。

 

自分はそれをどんな色にしたいのか、それをどんな言葉で伝えたいのか、自分が心の底まで想像して自分の言葉に変えていけばいいんだって。モノが変わっても、変わらなかったとしても、大きなものを砕いていこうとしなければ、結局ジブンゴトはいつまでたってもやってこない。

 

その努力がないから、いままで自分が放つ言葉に力が乗らないんだなってことにようやく気づいた。

 

未完成なままで前に立つことはとても嫌なことかもしれない。だけど、前に立つからこそ得られるものがある。たとえ違かったとしても、行動するからこそ得られるものがある。それは、自分にとっては「違う」ものだったとしても、どんな口先のものよりも確実な答えになって得ることができる。

 

たった一回で、もういいやと諦めてしまう今までの自分だった。でも、どんなに偉大な選手も一回の素振りから始まるかもしれない。地味な練習を繰り返すことから始まるかもしれない。そうして、やがて華麗なプレーをできるようになる。そもそも、最初から『自分の言葉』なんてありえないのかもしれない。

 

叩いて叩いて叩かれて、そうやってまた伸びていくものに味が出てくるのかもしれない。

tea

 

 

誰かから意見を言われることはとても怖い。本当に僕はちょっとしたことでも気にしてしまう。どんなことを思われているかも。

 

でも、冷静に考えてみるとそんなことだけで止まってしまうなんてもったいないの極みだなって思う。その先に、自分が本当に楽しみにしていることがあるんだとしたら、人が自分になって体験してくれるわけではない。

 

 

それを体験することができるのは自分だから。

 

 

いろんなフィードバックがある。だけど、それは次へのメッセージであって、原動力になる。

 

 

 

自分の言葉になるまで、とことん向き合い続けたやつが最後は誰よりも輝くんだと思う。だから、自分の信念を貫き通せ。

 

君は君でしかない。