コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

妥協できないのは、出会ったしまったから

どうしてか、昔からこれだ!って思ったものは妥協ができない。

 

 

 

他の人ならいいんじゃない?って思ってしまう場面で、つい頑張ってしまう。

もっと良くしたいって頑張る。

 

 

どうして、そんな夢中になって取り組めるの?ってよく聞かれるけど、実のところよく分からない。

 

 

 

 

ひとつだけ言えるとしたら、僕がそれに「出会ってしまった」から。

 

 

うまく説明できないのだけど、昔からそんな感覚がどれを選ぶにもある。仕事もそうだし、恋愛もそうだった。

 

 

僕の中には二面性があって、エンジンが付くとギアを変えて突っ走る方とまぁゆっくりやろうよというゆるい側の人間が同居している。

 

だから、妥協したいときもたくさんあるんだけど、自分の中で妥協したくないという思いだったり、人から助言されて引き戻されて、妥協できなくなる。

 

すると、だんだん妥協したくなくなる。笑

 

 

 

 

それ故に、ひどく悩む。とても、病む。

 

 

このブログにも度々書くけど、高校生のとき成績が悪くてアナウンサーになれないかもしれないと思った時に、じゃあ自分は何になるんだろうと悩んだのは妥協できなかったからだと思う。

 

 

 

職は世間を見渡せば、いろいろある。

 

 

でも、普通じゃ嫌なんだ。生意気かもしれないけど、そう思った。

 

 

 

 

自分が他人に比べて、未来のキャリアについて考えるのが他人より早かったのは、自分で組み立てていくんだという気持ち故だったのかもしれない。

 

 

大学に入ってからも、そんな気持ちは大きい。

 

 

 

 

他人だったら妥協してもいいじゃんとか、今はこれでいいよと言えるところで、どうしても気になってしまう。

自分は今の状態ではダメなんじゃないか?と思ってしまう。

 

 

これが功を奏す時もあれば、災いを呼ぶ時もある。

 

 

 

それ故、人を傷つけてしまったことや振り回してしまうことは今までたくさん経験してきた。(妥協できないことそのものよりも、妥協できないことによって生じる病み期によって)

 

 

 

人より理想が高いんだと思う。こうありたいという姿が。

 

 

でも、やり方がわからなかったりして、動けないときも多い。

高いだけに、中々辿り着かないものに対しては、酷く病む。いつになったら着くんだろう、と。なんで、こんなに走り続けるんだっけ?と。

 

 

苦しい時期は本当に苦しい。立ち止まってしまうほど苦しい。

 

正直、いまも苦しい時がある。

 

ここで止まれたらとか、こっちでもいいじゃんとか。それなりにできてんだから、いいじゃんとか。

 

それでも、なぜか動いてしまうのは、それに初めて出会ったときから感じてる、自分ここに行きたいっていうピンとくるものなんだと思う。

 

やっぱり、自分が求めているものはこれじゃないんだって、また走り出す。

 

 

 

困ったものだけど、それが自分だから。

 

 

 

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大学1年から2年までに出会ってよかったと思う3つのツール

僕が大学1〜2年までの2年間、大学の外で活動して良かったと思うことはITやメディアに関するリテラシーが高い人たちと仕事ができたことです。
 

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当時は知っているだけであまり使えていなかったけど、最近やっと使いこなせるようになってきて、研究室で仕事をするようになってからメディアやアプリ関係のことなら僕に聞けばわかると言ってもらえるようになりました。
 
たぶん、大学に入ってから大小10個くらいのプロジェクトの立ち上げに関わってきて、出会ってよかったと思うツールが3つあります。
 
それが ”Evernote” “Wunderlist” “Adobe Illustrator” の3つです。
 
[目次]
 

1. Evernote

 
緑色の象さんのノートアプリ。
 

Evernote Stickers

 

Evernoteって何がいいの?って聞かれて、僕も一言で答えづらいけど、出会った良かったと思うツールの一つ。機能が多岐にわたるので、これ!とは言えないけど、同時並行で複数のプロジェクトを回す人や移動が多い人にとっては僕はいいんじゃないかなと思っています。
 
僕がEvernote使っていて、いいなと思う機能を3つ挙げるとしたら、移動が多い人にとって合っている、ネットの記事やページをインポートできる、リマインダー機能があることです。
 
他にも、Premiumプランになるとコンテキストといって、書いているノートに関連するノートを出してくれる機能や名刺をデジタル化できる機能などたくさんありますが、ひとまず基本的な機能の中から。
 
 
 
 
移動が多い人にとって合っているという言い方をなぜしたかというと、物理的な移動をしている人と、複数のプロジェクトや立場を持っていてその間での行き来(移動)をしなければいけない人の2つにとって合っているという意味です。
 
 
 
僕は家から大学まで2時間かけて通学しています。なので、どこか一つのデスクに座って仕事をするというよりも、家、電車の中、大学、カフェ、いろんなところを動きながら仕事をします。
 
 
特に電車やバスの中では立たなくてはいけなくなり、どうしてもパソコンを開けないときもあります。そういうときに、アプリになっていてスマホからも閲覧・編集ができるEvernoteはとても重宝しています。また、僕の気分的にワードを開いてさあやるぞ!となるよりも、ノートアプリでサクサク思ったことをかけるほうが書きやすい感じがします。
 
また、後者の「移動」が多い方ですが、僕は1年、2年のときも常に2〜3個くらいのプロジェクトに関わっていましたし、今でも3〜5個くらいのプロジェクトには関わっています。また、学生として、授業に出てメモを取ったり、レポートを書いたりもします。
 
 
 
プロジェクト毎にノートブックを分類することができるので、とりあえず書いて、後でプロジェクト毎に分けるというふうにしています。そうすることで、すべてのノートからタイムラインのようにあるものすべてを見ることもできるし、ノートブック毎に見ることもできます。
 
また、他人とノートブックを共有できるので、僕は一緒にプロジェクトを回す人とは共有しています。
 
 
 
プロジェクトを回していると議事録を取ったり、文章を共有しなくてはいけない場面も出てくると思います。そんなときに、ワードでつくったものをメッセンジャーやLINEで送ってもらって、一々ファイルを開かないといけないということがありますが、Evernoteでノートブックを共有しておけば一々メッセージで共有する必要がなくEvernoteの中に出てくるので、パソコンのフォルダを散らかしたくない僕にとってはとってもいい機能だと思いました。
 
 
 
 
 
 
2つ目は、ネットの記事をインポートできること。もちろん、いろんな記事を見ていて、いいなぁと思った記事を保存しておくためにも使っていますが、僕はレポートを書くときに、参考文献になりそうなものをクリップして、後からでもすぐに見れるようにしています。
 
 
そして、リマインダー機能は、けっこう使っています。
 
 
例えば、期限のあるレポートやタスクを書いているノートにリマインダーをかけて忘れないようにしたり、ルーティンの仕事をちゃんとできているか確認するために1週間毎にリマインダーをかけて毎週チェックしていたり、1年のやりたいことリスト(100個)をEvernoteに作って毎月末に何が達成できた、できなかったかをチェックしています。
 
 
次に書くWunderlistなども含めてですが、大学にいるとワードを使って講義のノートを書いたり、議事録を書いているケースが未だに多く、もっと簡単にできるツールがあるのになぁといつも思いながら、近くにいる人たちにはちょっと伝えています。笑
 
 
 
 
 

2. Wunderlist

 
タスク管理のためのアプリです。
 

wunderlist

 

基本的に僕はタスク管理をとりあえず突っ込むのはアプリ、その日毎のタスク管理は手書き (もちろん、終わったらアプリの方のタスクも消す) というふうに分けています。
 
 
仕事を溜めがちな僕にとっては、手厳しいアプリです。笑
 
 
 
 
他のタスク管理をするアプリを使ったことがないので、僕はWunderlistの長所という意味ではわからないのですが、エクセルやLINEで書いてタスク管理をしているプロジェクトもあるので、それと比べれば使いやすいと思います。企業だと、いろんな制約があるのでしょうがない部分もありますが、学生の場合は特に制約がないので、使いやすいと思います。
 
 
 
 
 
僕がいいなぁと思っているのは、Evernote一緒で移動が多い人に合っているということ。
 
 
 
 
複数のプロジェクトを回していても、フォルダ毎に分けて見ることができるので、僕はプロジェクト、学生、プライベート(主に買い物リストや家事)など大きく5つに分けています。また、フォルダを共有できるので、一緒にプロジェクトを回している人とミーティングの時にWunderlistを見ながら進捗確認をしています。
 
 
 
ちなみに、僕はミーティングの日にWunderlistを見て憂鬱になっています。笑
 
 
 
また、小さい機能で言えば、毎月、毎週、2日毎など、ルーティンタスクにも対応していたり、サブタスクもかけること。
 
 
 
なので、家に夜中にしか帰らない僕は洗濯をする日を繰り返しで設定して、忘れないようにしています。(それでも、家事を疎かにしてしまうのですが。笑)
 
 
やっぱり、いろんなものを回している中でどうしても立場を切り替える毎に忘れてしまうことも多いですし、プロジェクトを回している人たちもいつも顔を合わせていられるわけではないのでオンラインで確認しあえるのは本当にいいなあと思っています。
 
 
 

3. Adobe Illustrator

最後は、プロジェクトマネジメントというよりは、スキル面でこれを使えるようになってよかったという感じです。言わずと知れたデザインをするためのイラレですが、今になって使える人間でよかったなぁと思っています。
 
 
 
もともと、僕がデザインができるようになりたいと思い始めたのは高校3年生のときにデザイン性のある企画書に出会ったことがきっかけでした。そこから、カッコいいものをつくりたいと思うようになっていきました。
 
 
運良く大学1年生から2年生にかけて、一緒にプロジェクトを回した人がWebデザイナーで、デザインが綺麗なスライドや企画書を作るのを見せてもらって、見よう見真似で僕もパワポで企画書を作っていきました。
 
 
 
そうすると、自然にデザインができるようになりました。
 
 
 
 
 
 
イラレは使えるようになりたいと思っていたのですが、どうしても難しいような気がして、最初は無料版を使ってはパワポに戻り…という感じでした。しかし、大学2年生になってからフライヤーのデータを入稿するためにIllustratorデータでないと不可能ということや、今までよりもクオリティの高いものを作るためにIllustratorを使わざるを得ない雰囲気になり購入しました。笑
 
 
実際、大学3年生になってから多くのプロジェクトで僕がデザインをできるのでクリエイティブ面を任せてもらうことが多くなっています。例えば、オープンキャンパスのときにゼミ展示をしたのですが、ゼミを紹介するパネルのデザインをさせていただきました。
 

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自分の中でもう一度メディアをやりたいと思わせてくれたのも、クリエイティブな仕事を本格的にやり始めてからでした。ツールはIllustrator以外もですが、紙ベースのデザイン、Webデザイン、動画制作などを始めるようになってから、自分はメディアをやって伝えていきたいと思うようになりました。
 
 
デザインをバリバリやっている人たちの中では、まだまだですが、クリエイティブなことを挑戦させてもらえる場をたくさんもらっているのは本当に嬉しいです。また、発信したいと思っているものをさらに魅力的にするのはデザイン・クリエイティブの力だと思っているので、それをプロデュースしていけるスキルがあることは本当にプロジェクトを回していく上で助かります。
 
 
 
 
 
だからこそ、僕は自己表現をするためにもデザインをするためのツールは何であれ使えた方がいいんじゃないかと勝手に思っています。プロジェクトの質やその人の想い自体が大切であることは、その通りだと思いますが、こんなことを始めたい(あるいは、始めた)と他人から資料を見せられたときに、ワードの文字だらけの企画書を見せられるのと、デザインされた企画書を見せられるのでは、やはり伝わってくる世界観が違います。
 
 
 
 
結論として、自分自身を伝えるためにデザインをするスキルは必要です。笑
 
 
 
 
ということで、僕が大学3年生になって、改めて1年〜2年の間に出会ってよかったと思うツールは “Evernote” “Wunderlist” “Adobe Illustrator” の3つでした!
 
 
 
僕の中で、1年生から2年生までの2年間は過ごしづらい時期だったなぁと思っていますが、それでもあの頃そういう環境で活動していて良かったと思うことはたくさんあるし、逆に言えばあの頃に触れたものがあるから、今の自分の仕事のやり方や環境があるんだとも実感しています。
 
 
 
 
このブログでは結構「想い」に関することを強く出しているので、普段なかなかスキルやツール系の話をしないんですが、拙いなりに今回書けて良かったです。
 
 
 
とても大雑把な結論ですが、今やっていることは将来につながっていると思います。笑
 
 
 
 
 
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自分は何もできない、そう気づけて僕は良かった。

2016年が気づけば残り1ヶ月半。

 

結果を出す。そう思って始まった僕の今年はどんなだったろう。

 

4つのトピックで今年の今までと、残り1ヶ月半で達成したいことを書きたいと思う。

 

[目次] 

 

突然、何も見えなくなった。

4月だった。ゼミに配属されたばかりのあのとき、突然力が抜けた。4月、団体で高校生の活動をサポートして、ラジオや新聞のメディア出演も少しずつ入ってきた。まがりなりにも、このまま頑張れば収入も入るかもしれないという淡い期待を抱いていた。そう思っていたときだった。

 

前から相談をしていた先生と話したときに「高校生の木幡はゼロにして、次のステージに行きなよ」と言われた。

過去にしがみつこうとして、強がってきた最後の力が抜けた。

 

どうして、自分は高校生に何かしたいんだろう。いつもそういっているけど、 本当に自分のやりたいことって一体なんだろう。何もかもが真っ白になった日。

 

一方で、もう踏ん張らなくてもいい。無駄なモノをまとわなくていいと素直に思えた。

 

1月から4月の僕は、作り出そうというパッションを失っていた。法人を立ち上げてビジネスとしてやっていかなければいけないのに、立ち上げてから結局わからなくなった。一緒に法人を立ち上げた仲間への依存だった。責任をとる人間が誰かは明確にしなさいと言われていたけど、自分にはその意識が足りなかったんだと思う。

 

 

絵を描けなかった。

 

あの日、その最後まで踏ん張ってきた片足を蹴られたような気持ちだった。

 

「学生」に戻って見えたモノ

段階的ではあるけど、僕は「学生」に戻った。2年生の頃は、事業を回していて、大学をかなりおろそかにしていた。

 

3年生になって、半ば強制的に「学生」に戻された。肩書き上は前から学生だけだったけど、自己の中でのできる像みたいなものを失うことへ怖さが最初はあった。周りと同じになって、魔法が解けるような感覚が。ただし、客観的に見ると2年も前に魔法は解けている。

 

しっかり学校に行き始めたのが、5月下旬だったと思う。

 

最初こそ悔しかったけど、僕は「学生」に戻ってよかったと思う。授業に出始めて、自分のできてなさ、見ていた世界の偏り、基礎的な力の足りなさに気づかされた。 

 

高校生のときに目立ってしまったがゆえに、自分は何でもできると思っていた。

 

しかし、経営や事業構想のことを何一つわかっていない。社会を本当にナメてたと感じた。

 

 

 

 

正直、あのまま中途半端に学生をやりながら、法人の活動を続けていたら、僕は社会人になる前に潰れていたと思う。仙台の中、学生の中でちょっと強いくらいで満足して、結局上に行けず、いつかしぼんでいくパターン。そうだったと思う。

 

「学生」に戻って見えたことは、自分は何もできないんだということ。学ばないと何事も成せないんだということだった。

 

 

 

 

 

修行して世界が見えてきた

6月、ゼミでプロジェクトを一つ任せられた。宮城大学オープンキャンパスでゼミ展のリーダーをやることになった。統括と、ゼミ紹介のパネルデザインと高校生向けのイベントを企画した。

 

 

 

高校生向けの活動は、いままで自分がやってきただけに、地域創生、まちづくりに興味のある高校生へ届けたいと思ってリーダーをやることに手を挙げた。

 

そこから、可能性が大きく広がっていく。新設される学類の高校生向けプロモーションの一部を任され、先生が開いた人材育成塾のプロモーションを任せられる。

 

 

 

 

最初は、正直可能性が広がっていく自分に意識がついていかなくて苦しんだ。自分が人の元で修行しなくてはいけない意味、自分の言葉に落とし込めていないものをやる意味、自分が世界をみていかなければいけない意味。

 

 

 

これから、自分の体というか姿が何に変わっていくのかという分からないことや、これから何になるんだということへの恐怖があった。

 

 

 

しかし、ある動画を見て自分の意識が変わった。

 

陸上長距離世界最高峰のクラブチームで走る大迫傑さんの特集をみた。

www.youtube.com

 

 

 

彼が見る先は、日本のトップではなく、オリンピックトラック種目でメダルを取ること。

 

 

 

 

 

何故かは分からない。でも、すごく感じるところがあって、この人みたいに世界を見て走らないといけないと思うようになった。

 

 

井の中の蛙でも、多少目立つことはできるかもしれない。でも、本当の意味で自分が他人を導くことはできないし、結果は残せない。

 

だから、世界の中で修行して、自分が戦える力をつけたいと思った。

 

やることはたとえローカルでも、自分が見据えるフィールドはグローバルじゃないと結果は残せない。もっともっと、上にあがりたいと思った瞬間だった。

 

「自分が目立つ」というだけでなく、本気で社会を変えていくことで、自分を見てもらえるようになりたいと思った。

 

 

 

 

今年やり残しているコト

今、自分は来年6月まで計画を練って、もう一度高校生へ向けた事業を立ち上げたいと思っている。具体的にいうと、東北に住む高校生へ地域で輝くひとを伝えるメディアをつくりたいと思っている。 

 

なんとなく、ここまでは描けるが、作った先の10年の姿を未だに描けていない。

 

 

 

僕が2016年やり残していることはこの先10年間の自分の姿を創っていくことだ。

 

僕が30歳になるまでに何を達成していきたいのか、 30歳になったときにどんな大人になっていたいのか。

 

 

深く探求してみたい。

 

 

 

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信じていたことが、実は今の自分に合わなくなっていたりする。

自分はそうなると信じてやまなかったことが、自分でも知らないうちに興味を失っていたということがここ数年いくつかある。

 

思い浮かべているだけなら、思い続けることができる。フワフワと。

 

でも、自分が悩んでいることをノートにツラツラと書き記していくと、実はそれ自体には興味を失っていて、でも変わることが怖いからズルズルとそれを信じていると自分を騙しているということがある。

 

例えば、僕はアナウンサーという夢がそうだった。中学1年くらいのときに、地元の放送局のラジオ番組を聴いて、アナウンサーになりたいと思うようになった。たぶん、スポーツが特別できるわけでもなく、何か一芸があるわけでもない自分にとって、唯一報道系の仕事は向いてると思った。

 

社会のことを考えるのは好きだったし、自分が目立ちたいと思っていたから合っていた。そして、その曲のアナウンサーの人たちと一緒に働きたいと思った。

 

だから、中学を卒業するまでは、本当にアナウンサーになると思っていた。

 

でも、高校に入って現実を突きつけられる。成績は下から数える方が早く、これではアナウンサーになれないと思った。勉強は頑張れば、なんとかなると思ったから希望があったけど、中学のころ一緒にラジオのことを語っていた友達とも疎遠になり、部活も忙しくなり、番組も次第にあまり興味のないものに変わっていき、関心がなくなっていった。

 

正直、中学のころもアナウンサーになりたいという気持ちよりも、自分が聴いていた番組のアナウンサーと一緒に働きたいという一種のファン心理のような部分が強かった。だから、他局のアナウンサーになる気はそんなになかった。

 

その曲の番組を聴かなくなった高校2年当時、本心ではアナウンサーという目標はなかったんだと思う。でも、中学のときにみんなに言ったという思いや、今まであったものがなくなって何のために頑張ればいいのか分からないという思いがあって、中々手放せなかった。

 

それが、本当に解けたのは大学一年のときだった。別に、アナウンサーになって、ニュースを読みたいわけで、人前で話したいわけでもないんだと気づいた。

 

でも、地域で頑張っている人を伝えたいという想いはあって、それを自分が創っていくというのを考えたときに、アナウンサーになるよりも、自分でメディアを立ち上げる方が早いと思った。

 

そんなふうに、自分でも知らないうちに縛られて、気づいたら本心は離れているのに呪文のように唱え続けているものは少なくない。僕の場合、目標があるから頑張れる人間なので、今まであった目標を手放すことはとても怖い。

 

でも、違うと薄々感じているのに、わざわざそれを目標として信じ続けることも必要ない。それをなぜ好きになったのか。なぜ、それになりたいと思うようになったのか。自分が今好きなものは。

 

という問いかけをして、次の目標を入れていけばいい。

https://www.instagram.com/p/BMY4QV8hrLx/

高校生は何を求めているんだろう。

きょうは高校生とともに過ごしていた。

 

学校の話だったり、進路の話だったり、友達関係だったり、恋愛だったり、1日でいろんなことを話していた。

 

最近、僕も立ち止まってみて思っていた。結局、みんな何を求めているんだろう。

活動をしていたころは、これをやるのがいいんだと思いこんでいた節があるけど、立ち止まってみて今まで自分は他人がどんなことを考えているか聞いてこなかったと反省した。

 

自分がイイと思っているモノでも、普段の彼らの日常に入っていかなければ何の意味もない。彼らが常々考えていること、彼らの周りの友達が考えていることは何だろう。

僕たちだってそうだと思う。どれだけ素晴らしいモノでも、iPhoneのように触れたいと思うものでなければ意味がない。

 

ふとそんなコトを思っていた。

 

僕がきょう、高校生たちと1日話していて感じたのは「知りたい」という欲求だったり、「出会いたい」という感情なんだと思う。

 

例えば、地域で輝いているオトナに出会いたいという感情。自分の世界を広げるために、いろんなオトナに話を聞いてみたいという子がいた。

 

ある子は、職業を知りたいといっていた。何になりたいのかわからないから、もっと自分の外にあるものを知りたいという子だった。

 

また、ある子は時間がある友達が自分の活動の話を聞くと、興味があるといってくれるらしい。また、その友達は動き出すためにはどうしたらいいか分からないという。

 

みんなと話していて、高校生の時期って「知りたい」時期なんだと思った。小学校、中学校まではある程度決まりきっているというか、決まった人々の中で育つ。それが、全く違う人々とも交わりはじめ、将来のことも現実的になり始めるのが高校生の頃だと思う。

 

たしかに、外に興味が向き始める時期だと思う。

 

なのに、なぜ現実は中に閉じ込めてしまうような時期なんだろう。朝から夕方までずっと学校で授業、部活が終わって塾に行ったり、家に帰ってまた勉強をする。そんな1日がずっとループする。僕は高校時代そう思った。

 

出会う大人といったら、学校の先生と大抵の場合サラリーマンの親くらい。たしかに、その生活をしていたら、職業が分からなくもなる。

 

僕が高校生のときも、外のことを知りたかった。アナウンサーという夢がくずれかけたときに、他の職業を見渡したけど、知識が少なかった。公務員、農家、スポーツ選手、工業系の仕事、学校の先生…。

 

考えはしたけど、どうもどれもピンとこなかった。陸上の選手になれるほど速くもなかったし。

 

ひたすら、自分が何になるのか、自分が何者なのか知りたかった。

 

僕が運の良かった人間だと思うのは、祖父が変わった公務員で小さい頃に多様な人に会わせてくれたこと、母親が経験できるならなんでもやってみなというスタンスだったこと、父親が何も言わない人だということ。そして、偶然の出会いがあって「伝える」という手段はアナウンサーや新聞記者だけではないと知れたこと。

 

もっと、社会とか地域との接点をつくることが当たり前になってほしい。社会・地域と接点をつくるって、一番身近なところでいうと、自分たちがこれから向かう「オトナ」を見ることじゃないかなと思う。キラキラしてる大人を見れたら、「こうなりたい」という感情も生まれてくるんじゃないかなと思う

 

公務員や学校の先生という選択が悪いわけではないし、むしろ想いがある子が多いと思う。でも、100人いたら100通りの答えがあるみたいに、自分学校の先生じゃないかも?みたいな時期が来ることもあるはず。

 

そう思い始めた時に、自分にとってそれっぽい答えがそこらへんにあって拾えたらどれだけいいだろう。

 

「違うかも?」って思って、近くに落ちてないから僕たちは絶望したり、悩んだりする。近くになくても、自分から探しにいける説明書が落ちていたら、なんとかなるかもしれない。

 

もっと真面目な話をすれば、これからの地域は今までの形から変わっていくだけに「役に立つ」仕事も形を変えていくと思う。また、AIのおかげで未来の仕事は今ないものだったり、どんどん変化していく。

 

だから、親や学校の先生だけじゃなくて、いろんな大人が何を目指して生きているのか知ることができたら僕たちは何かホッとするんじゃないか。 

 

僕たちが考えている以上に世界は広いし、いろんな選択肢をとっていける。

 

そんなことを僕は伝えられるようになりたい。

 

気づいた身として。

だから僕は修行する。

結局、僕がやりきったと感じていることは3年間でそんなになくて。

 

3年間というより、中学生の頃からそうなのかもしれない。

 

中学2年のときに立ち上げた新聞のプロジェクトは、編集長をやっていたけど、途中でバレー部に移ってしまった。

ボール

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宮城大・風見先生と高校生が考える『まちづくり』についてのイベントを開きます!

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ーーー宮城大学風見研究室facebookページよりーーー

 

オープンキャンパス ゼミ展示のご案内】

 

「自分のまちを盛り上げたい!」というけれど、僕たちはどうやって盛り上げることができるんだろう?

 

大学では何が学べるんだろう。

 

高校生の自分が今できることはなんだろう。

 

7月18日(月・祝)宮城大学オープンキャンパスの開催に合わせ、風見研究室はゼミ展示を行います。

 

その中の企画として、まちづくりやコミュニティビジネスを創造していく人材の育成を多くの地域でされてきた風見先生とともに、高校生の皆さんが想うまちづくりのアイデアや疑問について考えていくイベント『風見高校生Lab. 〜「まちづくり」と「学び」を考える30分〜』を開催します!

 

様々な地域から集まる同世代、風見先生やゼミ生とともに新たなアイデアを生んでいきましょう!

 

詳細は以下のとおりです。奮ってのご参加お待ちしております。

 

=== 詳細 ===

 

◯イベント名

風見高校生Lab.
〜「まちづくり」と「学び」を考える30分〜

 

◯内容:

・つくりたいまちの話

地域活性化やまちづくりに僕たちはどのように関わっていくことができるのか?

・大学からの学びへ向けて、高校生の今だからこそできることとは?

風見先生とともにみんなで考えていきます。高校生の熱い意見待っています!

 

◯開催日時

7月18日(月・祝)

・10:30〜11:00

・14:30〜15:00

 

◯会場

 

宮城大学大和キャンパス422演習室

 

◯スピーカー

 

風見 正三教授(宮城大学事業構想学部長)

 

◯司会

 

木幡 真人(宮城大学風見研究室3年)

 

◯定員

 

各回、高校生10名

 

◯参加方法

 

時間に合わせて会場にお越しください。なお、定員になり次第締め切らせていただきます。

 

◯主催

 

宮城大学風見研究室

 

===注意事項・お知らせ===

 

・イベント中、写真撮影をさせていただく場合がございます。イベントの模様等をSNSに投稿をさせていただく可能性がございますので、写りたくないという方はスタッフへお伝えください。

 

・イベント以外の時間帯は同会場で風見研究室のゼミ展示を行っております。ゼミ活動の紹介やゼミ生との交流ができたり、エフエムたいはく(78.9MHz)で毎週火曜日20:30~21:00に放送されている『風見研究室ラジオカフェ』の公開収録を体験することができます。是非ご参加ください。

 

・入試関係のご質問にはお答えしかねますので、あらかじめご了承ください。

 

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皆様との出会いを心から楽しみにしております。

是非この機会に会場までお越しください。

 

宮城大学風見研究室 オープンキャンパス担当

https://www.facebook.com/KazamiLab/photos/a.855056937859671.1073741828.550448428320525/1224010377630990/?type=3&theater