コハタのコトバ

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

〜木幡真人を語る『20』のキーワード〜【vol.1】なぜ新しいものを『企てる』ことが好きなのか

9月27日。

 

僕は20歳になる。『20代』…

 

小学生のころは20代なんて本当に来るのだろうかと、まるで火星に行くようなくらい気の遠いことだった。でも、あと17日で20歳はやってくる。

http://www.flickr.com/photos/43581314@N08/7063258707

photo by timsackton

 

ある人に9月末で20歳ですよ!というと「出会ったときは高校生だったのにな〜」と言われるほど、僕には20歳というイメージがないらしい。

 

だが、20歳はやってくる。

 

この夏休みはこれまでを振り返る作業が多かった。1995年9月27日にこの世に姿を現してからどんな生き方を辿ってきただろうかと向き合うことが多かった。

 

そこで、20歳になるからには「自分でブログ記事にしてしまおう!」と予告をしてしまった。

 

【連載企画の予告】木幡はどんな子どもだったのか。 | コハタのコトバ

(記事はご自由にご覧ください。)

 

予定通りに行けば、0歳から19歳までどんな1年だったかを振り返っていくことにしたかったが、それだけだと順番にやっているだけかな…と思いひとひねり。

 

きょう、仙台のPARCOの1階で小一時間自分の人生を振り返って出てきた自分のキーワードごとに連載していきます。

 

題して…〜木幡真人を語る『20』のキーワード〜!

 

20歳に合わせて、vol.1〜vol.20までの20個の僕を表すキーワードを語っていきます。

 

ラインナップは次の通り!

 

  1. なぜ新しいものを『企てる』ことが好きなのか
  2. なぜリーダーで居続けるのか
  3. 女の子っぽい理由
  4. 身長が低いことで得た1つの大きなこと
  5. 木幡真人が『東北』にこだわる理由
  6. なぜ子供のころから社会に目をむけてきたのか
  7. なぜ彼はアナウンサーを目指したのか
  8. なぜ『人』に注目するのか
  9. 一貫して『伝える』ことにこだわる理由
  10. なぜ『朝方』にこだわるのか
  11. なぜロールモデルが大事だと思うのか
  12. 『協調』することを大事にする理由
  13. 『新幹線』と『旅』が好きになった理由
  14. なぜ彼は変えることに挑むのか
  15. 挫折から得たものとは
  16. なぜ『人のため』になりたいのか
  17. なぜ走ることが好きなのか
  18. お金が好きな理由
  19. なぜ目立ちたくてナルシストなのか
  20. なぜ高校生を巻き込むのか

 

我ながら20個も自分についての記事を書き続けるなんてなかなかのナルシストぶりを発揮していると思ってますw

 

http://www.flickr.com/photos/43217080@N00/3064550266

photo by tochis

 

ということで早速一つ目のキーワードについて語っていきましょう。

 

なぜ新しいものを『企てる』ことが好きなのか

 

もともとこの企画、中学、高校時代は振り返ることが多かったけどそれ以前を振り返ることって少なかったよねというところから始まりました。

 

高校時代に『くじらステーション』を立ち上げてから、東北高校生未来会議、諸々の活動、FROM PROJECT、AO義塾などいろんなものを立ち上げてきました。


Live broadcasting by Ustreamwww.ustream.tv

 

僕自身、立ち上げるようになったのは高校生以降かなーとも思ったんですが、人生20年間を全部振り返ると小学生のころから『立ち上げる』『企画する』ということが大好きでした。

 

小学1〜2年生…秘密基地をつくりたいと思う

 

小学校に入りたての頃でした。

 

うちの母親はアウトドアが好きで、それに関した雑誌を何個か家に置いてました。それを見たときに出てきた『ツリーハウス』の写真が気になり、こんな木の上にある家を作ってみたいと思うようになりました。

スイスファミリー・ツリーハウス Swiss Family Treehousewww.flickr.com

おそらく、この写真を見たことだけではなくて、幼稚園児の頃から『ムーミン』『ジブリの映画』『プーさん』などを見て育った僕は、その中で出てくる描写にそういう自作で住まいに関する何かを作る姿に少し憧れたのかもしれません。

 

それからというものの、家の庭にあった松の樹に登っては座れるところに秘密基地をつくりたいと思ったり、近くの空き地を見てはそこに小屋を建てて秘密基地をつくりたいと思ったりしました。

 

これはいろんなところで閃くたびに、小学4年生くらいまでやりました。

 

小学2年生〜6年生…旅を企画する

どこがスタートかは思い出せませんが、小学校2年生くらいから旅行に行く計画を立てることが好きでした。

 

一つは電車や新幹線が好きだったこと、旅そのものへの憧れも幼稚園児の頃からありました。

Shinkansen / 新幹線www.flickr.com

 

はじめは秘密基地の計画をする延長線上で、アウトドアにはまり釣りが好きになり(とはいっても、人生で一匹も魚を釣ったことはない)近所の友達と町のはずれにある沼や釣り堀に釣りをしに行く計画を立てました。

 

しかし、そこは学区外で当時小学校の規則で小学生だけで学区外に出てはいけないという決まりがあったため、僕の家はそういったことに対してアバウトだったんですが、他の子の家が当然のように厳しくて実現できませんでした。

 

また、僕は地図が幼稚園児のころから大好きで、日本国内でも行ったことのないところを見ては行ってみたいと思う気持ちがけっこうありました。

 

そのルーツはどこにあるのか僕も分かりませんが、理由は2つあると思います。

 

一つは祖父と父の両方が土木系の仕事をしていたり、いろんなところに行く仕事をしていたということです。

Tokyo 3414www.flickr.com

祖父は地元涌谷町の役場職員として勤め、建設課にずっといたことでいまでいうまちづくりのようなことをずっと行ってきました。

 

祖父がなくなってから5年も経つため、祖父と同年代の方とお会いすることも少なくなり話を聞かなくなりましたが、よく祖父に連れられて行った家のおじいさんに『町の病院はおじいさんのおかげで立った』とか祖父が『あそこのゴルフ場を作るときはどうだった』とかよくすごい話を聞いていました。仕事柄なのか、それとも祖父自身が全国を飛び回っていた人間だからなのかは分かりませんが、よく地図を見せられました。

 

それと、父も測量をする会社に勤めているため、県内の様々なところに行っては測量をしています。そのため、家にある地図などをよく見ていました。

 

そういったところから子供の頃、よく地図を見るのが好きでした。

 

それと、いろんなところに行っていた祖父に連れられて僕は小さい頃から東京や横浜、遠方に連れられていくことが多かったです。新幹線に乗るのが大好きでした。

 

だからこそ、僕は知らないところ『フロンティア』的なところにいくことが大好きなのかなぁと思います。

下賀茂神社糺の森の秋www.flickr.com

1年に一回(多いと2回)祖父と旅行にいくというのが4年生のころから恒例になり、計画して予算も出せばいける!というものでした。今の企画書作りはおおよそここからきてる気がします(当時は企画書という言葉も知らず、どちらかというと学校の旅行で出るしおりのイメージでした)。

 

2005年は名古屋で万博があったため、自分で2日間の計画を全て立てて、旅費も計算して祖父にお金を出してもらい(今で言えば企画の交渉いったところでしょうか)連れてってもらいました。

旅立ちとお休みと。www.flickr.com

2006年は東北新幹線のこまちに乗りたくて、秋田県に行き(そういえばきりたんぽ食べたかったなぁ)

 

2007年は僕もどこに行ったのかうる覚えですが、東京に行った気がします。

 

小学6年生…野球大会を企画する

 

小学6年生のころ、僕がはまったものといえば『野球』。

2013/5/14www.flickr.com

 

当時は東北楽天が出来たばかりで、かなり周りも野球に熱かったなぁと思います。

 

小学6年生だった2007年は東北楽天田中将大投手が入団した年でもあり、野球を毎日見るレベルでした。

 

小学校では授業が終わると校庭で野球、家が遠かったのですが、スクールバスを待つ時間帯に正面玄関の前でキャッチボール、家に帰ってきては近所の年下の子たちと野球と、来る日も来る日も野球。

 

夏休みがきて、その年の地区の子ども会の夏休みの企画が例年の旅行ではなく、集会所にお泊り会という内容でした。そのため、僕は午前中からお昼にかけて野球大会をみんなでやろうということを言って、企画し始めました。(ああ、めちゃくちゃ懐かしい)

believe to win. [ 3/4 ]www.flickr.com

こうやって、言い出して周りを巻き込んでいくということは僕の楽しみでもありました。

 

中学2年生…校内新聞を作るプロジェクトを立ち上げる

これは何度か過去のブログでも書いているので、サラーっと流そうかなと思いますが、中学2年のときに総合文化部というなんでもやっていい(逆にいうと、何もしなくてもいい)部活で活動していた僕は先生に「木幡はアナウンサーでもジャーナリストタイプだ!」と言われ新聞を作り始めました。

 

正直、僕はスポーツアナウンサーになりたかったんですが、どうやらジャーナルなタイプだと見破られた模様。

 

新聞を作りました。

新聞www.flickr.com

その時は、新聞の内容を決めるところから、インタビュー、記事作成、発行まで全て僕が中心になってマネジメントしていました。

 

おおよそ『企てる』ことが大好きな僕の小学生・中学生時代はこんな感じです。

 

『言い出しっぺ』のじいちゃん、『創意工夫』のお母さんを見てきたからこそ

 

なんで、僕自身こうなんだろうかと思っていて、僕には3つ年下の妹がいるんですが、妹は別にいわゆるベンチャースピリット的なものが旺盛かというとそうでもないです。

 

思い出してみると、僕は『おじいちゃん子』でした。

 

僕の祖父はさきほど言った通り、役場の建設課でトップを長年務め、まちづくり、地域づくりのプロセスにおいて様々な人を巻き込んで、進めてきました。

 

それは住民でもあるし、町長や県知事、さらには大臣などもです。(じいちゃんは5年前に亡くなってしまったけど、普通に隣の市の市長が家に来るような家でした。)

 

そうやって『言い出しっぺ』になって突き進んでいくじいちゃんの姿を見てきたからこそ、じゃないかなぁと思います。

 

もう一つ『立ち上げる』だけでなく『企てる』ということに関しては、母親譲りなのかなぁと思っています。

2014-01-12,味噌汁,近鉄特急「しまかぜ」www.flickr.com

僕の母親はけっこう独特な人で、将来『自宅をカフェにしたい』と言っています。

 

わりと僕も母親のこの夢を叶えたいなぁと思っています。

 

若い頃は美容師をしていて、ゆくゆくは独立して自分で美容室をつくる予定でしたが、体調を崩したり、いろんなことが重なりその夢も諦めざるを得なくなりました。

 

でも、そういう『構想』的なものを常に練っている人を見てきたからこそ、僕は『企画』するということが大好きなのかなぁと思います。

 

これからも、新しいものを『企』てて行きます!

 

《終わり》

 

明日は【vol.2】なぜリーダーで居続けるのか、【vol.3】女の子っぽい理由を書きます!

サラダ saladwww.flickr.com