コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

【発表】『東北ソーシャルアクションエンジン』設立

東北ソーシャルアクションエンジン

こんにちは!
 
突然も突然ですが、9月27日に『東北ソーシャルアクションエンジン』(現在、一般社団法人として登記準備中)を設立します。また、それに伴い9月26日をもってAO義塾仙台キャンプ共同代表から退きます。
 

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きょうは、事業・組織概要、設立に至った経緯、今後のビジョンを語っていきたいと思います。
 

東北の高校生がアクションを起こす起爆剤になる。

 

 

まず、事業の内容から。
 
僕は10年後の2025年までに『東北を高校生が地域社会でアクションを起こし、一人一人の魅力が活きて世界一と言えるような場所にしたい』というビジョンを持っています。そのために地域のなかで魅力を存分に発揮し第一線で活躍する大人と未来の地域を担う高校生が融合する場を作っていきます。
 

(こんなイメージ)

既に3月からAO義塾仙台キャンプ内のプロジェクトとして『おしゃべりカフェ』を不定期で開催してきましたが、これからはあの形をよりパワーアップさせて、もっともっと大きくしていきます。
 
なぜこの『大人と若者がつながる場』がいま必要なのか。前にもブログに書いた内容ですが、これから高校生のソーシャルアクションやマイプロジェクトは特に東北で広まっていくと思っています。そして行き着くのは、一人のメンターが大勢いる高校生のプロジェクトを見るのではなく、地域の大人みんなで少しずつ見るという形になると確信しています。
 

『スペース』ではなくエンターテインメントが生まれる『スタジオ』を。

 

そのなかで『ここへ行けばエッジの効いた大人からアドバイスをもらえる』とか『新しいものを生み出せる面白い場所』というのは必ず必要になってきます。

 

今まではコワーキングスペースなどで大人の横のつながりだけでしたが、これからは大人と高校生、高校生と高校生など『全方向の繋がり』が必要になってきます。

 

そのために場所(スペース)が必要なのではなく、その『融合』(エンターテインメント)が起きる『場づくり』(スタジオ)が必要になってきます。

野菜や果物が良い実をつけるためにはまず畑を耕すところから始まるのと一緒で、僕は未来の地域が良くなっていくために高校生がアクションを起こす「土壌」を作っていきます。

 

この事業の大きな特徴を挙げると、誰でもなく『東北の第一線で活躍する大人と近い距離でコミュニケーションを取れる』ことです。そのなかで、自分がやっていることに対してのアドバイスをもらえたり、逆に自分から新しく関わりたいことを提案できます。また、イベントは高校生と一緒に企画していくので、完全にニーズを汲み取って行っていきます。

 

 

(手ぶれが激しいが、1年前こんなこともありました。)

 

いままで『おしゃべりカフェ』も少人数で開催してきました(目標に人数が達していなかったという事実もありますが…)。このスタンスは変えず、1回の参加人数も30人以下にして、ロールモデルの活動についてプレゼンを聞き、その人の活動について質問をしたり、その活動へ関わりたいと思ったら新しい提案をしてみる、マイプロジェクトの相談をロールモデルにするという濃い時間を過ごせるようにします。

 

いままでの『おしゃべりカフェ』と違うのは、「高校生と一緒に企画すること」「ロールモデルの活動に関わるとしたらどうするか提案できる」「自分のプロジェクトの相談をできる」という点。

 

 

言い換えると『お悩み相談もできるTED』といったところでしょうか。笑

 

未来の東北をつくるプロデューサー集団

 
僕自身は仙台で『大人と高校生が融合する場づくり』を一点突破で行っていきます。ただ、他にも『いまソーシャルアクションを起こしてない子たちにも広めていく活動』『アクションを起こした子たちを社会へ伝えていく活動』『このカタチを東北各地へ広めていく活動』も行っていきます。
 

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設立にあたり、この4つの活動を持っていくメンバーを紹介します。
 
画像左から、発起人であり中核事業になる『場づくり』をしていくのが代表理事の木幡真人。その他にも、高校生とのコミュニケーション、広報、資金調達、各団体・企業との連携などは僕が中心となって行っていきます。
 
次に、『いまソーシャルアクションを起こしてない子たちにも広めていく活動』をしていくのが宮城大学の後輩の佐々木崇宏くん。彼自身、面白いことをしたいと話していてカタチがどうなっていくのかは今後の展開に期待ですが、もっと多くの子がアクションを起こしてほしいという想いが一致してジョイン。僕がメンバーとして誘った理由は、彼が岩手県宮古市出身で高校生団体『みやっこベース』の活動経験や『東北高校生未来会議』への参加で1年半ほど付き合いがあり、さらに僕が宮城大学ということを知って宮城大学へ入ってくれたという点が大きいですね(話のぶっ込み方が強引ですね…笑)。
 

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今年入学した後彼が『とにかく自分のやりたいことを探していくために、いろんな人に会いたい。面白いことをどんどんしていきたい。』と言ってアクティブに動いていきました。それから約3ヶ月たまに話していて彼の口から「大学に入ってみて、活動をしている人が少ないですよね。せっかく大学に入ったのに、目的を持って学んでいる人が少ないんですよね。」と何度か聞いていて、それは去年の僕と同じ想いを強く抱えているんだなーと思いました。
 
その後、「この人と一緒に活動したい」と思わせたことがあって、夏休みに入る直前のことでした。『木幡さんみたいなめっちゃ意識高い人はそうじゃない人と離れるけど、自分はそうじゃなくてそこをつなぐ存在になりたい』と言われたことがあった。たしかに4月に話した時、僕が『浮くならとことん浮け』と言ったことがありました。いま振り返ると前期はやさぐれてたなーと思うんですが、そんなことも言ったことに彼が助言をくれました。
 
僕自身、離れるよりも巻き込みたいという想いはたしかにある。しかも、僕よりも面白いことをしていける崇宏くんが適任だと想っています。
 
続いて東北ソーシャルアクションエンジン唯一の女の子木村景佳ちゃん。大学の後輩です。僕が景佳ちゃんを誘ったのは女の子だから…!ではなく、ちゃんとした理由がありますよ。
 
景佳ちゃんは気仙沼出身。高校時代『底上げYouth』で活動し、『enn.』という気仙沼で活躍してる大人を取り上げたフリーペーパーを作っていました。
 
たしか、彼女と知り合ったのは去年の秋。
 
底上げYouthの子たちとは僕が高校生の頃から知り合いだったんですが、メンバーの子から『宮城大志望の子がいるから木幡くん相談に乗って!』とtwitterでリプがきて言われるがままにtwitter上で会話が始まったというのが初めてだった…。
 
そして、去年の12月に宮城大学に彼女が成績開示に来た時、僕が午前中で授業終わりだったのでお昼ご飯を食べにいきました。そのときに底上げYouthに入った理由とか(あのときは景佳ちゃんって堅実な子なんだなーと思ってたので、底上げというと矢部さんや愛里のぶっ飛んでるイメージが濃かった僕にとってはとても新鮮でしたw)、なんで宮城大学に入ったのー?とか、大学入ったら何するのー?とかを事情聴取。
 
そんな去年から一転、今年入学してからも景佳ちゃんと何度か話していたんですが『自分が何をしたいのか見えない』という相談を受けたことがありました。この話の詳細は彼女自身の事情もあると思いますので触れませんが、彼女自身が悩んでいるのをみて1年前の自分と重なりました。
 
きっと、自分の居場所を見つけたら輝くんだろうなーと直感で思い『表現をすることは、自分が輝けるところにいるほうがより美しく、力強く表現出来ると思うよ』と声をかけました。
 
深く話していくうち、高校の時からひとを発信することがモチベーションが上がることという話を聞きました。
 
そのこととソーシャルアクションを起こしていく子たちを伝えることで輝く人を増やしたいという想いがリンクし『アクションを起こした子たちを社会へ伝えていく活動』には景佳ちゃんが適任だと感じています。
 
最後に、画像一番右が東北ソーシャルアクションエンジンの理事である山本憲弘。『このカタチを東北各地へ広めていく活動』を行っていきます。

なぜ、彼を誘ったか。
 
それは、僕にとって相性の良い2番手だからという理由ではありません。たしかに、立ち上げようと言ったときはその理由でした。
 
時は1年前、僕と山本が出会って2回目に会ったときの話です。そのときコワーキングスペースで偶然会ったのですが、駅までの帰り途、彼と話した時に出会ってたった2回目だというのにとても話がシンクロしたのです。
 
僕はそのとき『これからは個人の時代になる。個人に焦点が当たっていく時代になると思う。そのとき、僕はいまは散らばっているものをまとめて、引っ張っていく坂本龍馬のような存在になりたいんだ』と話しました。たぶん、普通のひとだったらこの人何言ってんの?という想いを持つと思うんですが、彼は違いました。
 
彼が発した言葉は『めっちゃええやん!』。さらに、『コワーキングスペースにひとが集まって、いろんなものを持った人たちが融合していく場をつくりたい』という思想はまさに僕と一緒でした。
 
すでにその頃からT-Naで活動していた彼は福島県広野町でハード面をプロデュースしていくセンスと実績があります。
 
彼が大阪からわざわざ東北まで来て学ぶ理由は『東北の復興の熱さを見たいんだ』。
 
仙台以外でも場をプロデュースしている、東北の熱さを学びたいという熱意だけでも充分です。
 
しかし、それを活かす力が彼には備わっていて、卓越した「営業力」です。
 
彼はこれまで企業、学校、行政の人と話をするたびに僕がやっていることを相手に分かりやすく説明してくれるんですね。パッションだけで押していく僕とは違って、悔しいくらいに相手に分かりやすく説明してくれるんですよ。
 
だからこそ、これから未だソーシャルアクションが盛んでない地域へ広めていくときにその地域にあった形のプロデュースができます。
 
この4人が設立メンバーとなって、東北の高校生ひとりひとりが輝いていくためのエンジンとなり、魅力を引き出すプロデュースをしていきます。
 

全員がリーダーのチーム

 

僕はメンバー全員がリーダーシップを発揮するチームを作っていきます。その中でもフロントランナーとして走っていきます。

 

チームの顔となり頭となり責任を取っていくのは木幡真人です。彼らが行うことの責任は、すべて僕が持ちます。だからこそ2番手や3番手に徹してもらうつもりはありません。

 

そのため、僕は他の3人に『お題』こそ投げていますが、ここから先は好きに描いていってほしい。絵にしていくのは自分自身なのです。

 

まずはチームのなかでひとりひとりがアクションを起こすことからです。

なぜいま『東北』『高校生』『ソーシャルアクション』なのか?

 
僕は1995年9月、石巻市大崎市に挟まれた涌谷町に生まれました。
 
祖父は元役場職員で建設課に勤め、総合病院建設などに関わり地域づくり・土木関係の仕事から涌谷福祉のまちへしていった「立役者」とも言える存在でした。父も測量の仕事をしていて、地域をハードから作っていく仕事です。母は昔、美容師をやっていて人と接することが仕事で、結果的に叶わなかったが独立してお店を出すつもりだったというアントレプレナーシップを持った人です。

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そんな家族のもとに生まれた僕は、幼い頃から祖父や父といろんなところへ連れて行ってもらいました。新幹線で東京、横浜、名古屋、東北6県も多くの場所へ行きました。それから祖父のおかげでいろんな人にも会いました。町長や両隣の市の市長、国会議員、町の総合病院の院長など。地域とはこういう人たちが作っているんだなというような人たちに。
 
ただ、僕はいまのように地元が好きではなかった。その上、祖父に新幹線で東京へ連れて行ってもらえる方が嬉しかった。
 
なぜなら、東京って何を見ても輝いているような気がする。それに加えて、地元ってなんか暗いんですよね。何もないし、それが東北どこに行っても同じような気がした。
 
その意識が一番大きく変わったのは『くじらステーション』を立ち上げてからでした。
 

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そこで出会っていく熱い大人や同年代の高校生を見て東北っていい!!!って思うんですよね。東京よりも石巻にいるほうが絶対に面白いって思うんですよ。
 
たしかに、そう思った。じゃあ涌谷はどうか。沿岸部じゃなくて内陸部はどうか。
 
やっぱり変わってないんですよね。あれほどには。
 
せっかく立ち上がった高校生がいるのに、ここから広まらずに終わっちゃうの?という感覚がすっごくあって、東北6県の熱い高校生と出会った僕はこの子たちと力を合わせてもっと広がっていくようにしたいと思いました。
 
小さい頃から『志を持った人が大切なんだ』という母の言葉を聞いてか、地域の色を出すのは、人ひとりひとりの色なんだと僕は思います。
 
だからこそ、未来を担っていく高校生が地域でアクションを起こすことが重要なんです。
 
それに加えて、いろんな課題がありますね。政治を見てもそう、僕らの周りを見ていてもそう、災害ひとつとってもそう。
 
やっぱり、そういう自分自身が決断していかなければいけないときに本当に頼れるのは自分しかいないんだと思うんです。『使われる』『翻弄される』のではなくて、自分の意志を出していくことがこれからを生き抜いていくということだと思うんです。
 
そのために行動することが大切です。
 
そうやって人がひとりひとり立ち上がっていくことで、活かしあうことで地域はまとまっていくんだと思うんです。
 

迷った1年半

 
高校生を後押ししたい、支援したいという想いは入学したときからありました。
 
NPOを作って支援していきたいという想いが明確にありました。
 
たしか、去年の4月にカタリバの今村久美さんと東北高校生未来会議のあと『東北を高校生から熱くしたいです』と言った覚えもあるし、その後仙台にイベントのゲストスピーカーで来たときに懇親会でも『どうやったらそれができるんだろうね?』という話をした覚えがあります。

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そこから2014年内の話は省略しますが、立ち上げようとして失敗し、他の人のプロジェクトに参加してみて…。
 
ちょうど入学後、風見先生から『アショカ東北をたちあげなよ。』と言われていたんですが、あまり自分のなかで言語化できていなくて。「そもそもアショカの東北支部つくってどうしたらいいんだろう。英語もできないし。」っていうのが渦巻いていた時期でもありました。
 
そうこうしているうちに、AO義塾仙台キャンプを立ち上げる話が来て一度は断りました。理由は『AO入試対策をしたいわけじゃないから』。
 
でも、2015年どうしていこうかって考えていた僕にとっては一番可能性が見えた。
 
一番自分が関わりたい高校生と接することができて、AO入試という大学での学び、目的を考えることはきっと自分のやりたいことともリンクしてくる。
 
だから、2014年12月23日にブログに出したあの言葉はいまでも本当だと思っています。
 
ただ、立ち上げてからいろんな葛藤があった。
高校生たちと接していて「そんなに大層な目標を作んなきゃいけないのかなー」とか「受験校を何個も併願するのってえ?そうなの…」って思ったこともあったし、結局AO入試を自分は受けれるだけのレベルじゃないんだと思って離れていっちゃう子とかを見ていてとっても寂しかったし、志望理由書を書いたり、ディスカッションをする彼らを見て「僕はこれなのかな…?」と思うことが幾度となくありました。みんながみんなそうでもなかったけれど、ときどき出る「AOのための実績になるよね」という言葉が背中を押せるかというとそうではなかったし、スタッフの間でも「これが実績になるから写真撮っておきな」とかそういう言葉にとても違和感を感じた。
 
たしかに、動いた分だけ経験値になるし、ただのお飾りかっていえばそれは違うと思います。でも『なんでもっと純粋にアクションできないの?ねえ???』と心のどっかで思う僕がいました。
 
それは半分は僕自身や周りの子たちがアクションを起こしてきたのが純粋な想いを持ってた光景があったから、もう半分は自分が実績とかで纏ってた過去に対しての嫌悪感もあるからだと思います。
 
その後少し救われたのは『木幡は好きにやったらいいよ』っていう言葉をもらって、「おしゃべりカフェ」を始めたことだった。

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やっと自分の居場所が見つかった気がした。けれど、けれどだった。
 
僕はただただ純粋に輝いている大人と高校生を繋げることが好きなのに、そこからAO義塾に入塾する人の導線のひき方とか塾生の実績作りの話とか、もうええわ!!!!!と言いたくなることを意識しなきゃいけないことが割と辛かった。
 
やっぱり、なにをやっていても『AO入試のための』というのがつきまとっていたと思う。
 
僕は、もっと純粋にアクションを起こせる方が良かったし、自分自身がそうでありたかった。

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根本にあったのは、どっかに自分の言葉じゃないんだなって思うことが多かった。
 
やっぱり必ず『斎木さんから誘われて』という言葉があったし、共同代表だから責任とらなくていいゾーンもあるっていう謎の安住感もあったし…。
 
どっかで自分がトップじゃないっていう責任逃れをしたり、他人の言葉を代弁しているだけのプレゼンだなって思いが続いた。
 
それと時期が重なったのが、大学に行くのが億劫になったことだった。一時は言葉を出すのが本当にしんどかった。休学しようとも思った。
 
それもある人に説得され考え直したり、木幡くん自身の志ってなに?っていう声をかけられたりして夏休みに入った頃『自分はなにを目指しているんだろう?』とひたすら考えた。
 
それを考えているなかで『東北を熱くしたい。』という言葉がどうもひっかかった。僕はどうしてこの言葉に熱さがこもるんだろう?と思った。

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そのときに大学に入る直前のこととか、入学してから歩んできた自分のことを全て思い出した。それが全てだった。
 
あるとき2013年東北楽天が日本一になったときの動画を見ていて、9回表田中が登板して球場がひとつになって、全力投球で挑む彼を見て「これだ。」と思った。
 
一つになっていき、僕がその中心になる。その先に東北が日本一、世界一になるような地域になる。
 
そう思ったときに、東京の人たちがやっているものの仙台の支部の代表に収まるんじゃなくて、僕が僕を表すブランドを作っていきたいと強烈に感じた。
 
そうして、僕は東北ソーシャルアクションエンジンを立ち上げることを決意しました。8月中旬のできごとです。
 

1年で100プロジェクト立ち上げ!

 
夏休み中いろんなことを考えてきて、あれもこれもと手を広げましたが、結局事業の核になるモデルは『融合の場づくり』だと気付きました。
 
僕たちのやることは巻き込み、アクションを起こすまでの滑走路をガッ!と勢いづける感じです。

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バーーーーーッと巻き込みます。勢いです。
 
いまは来てない子も巻き込んでいき、『一緒に走りだそう!』とプロデュースをするのが僕らの仕事。そこから飛び立っていくのは刺激的な大人たちとの出会い。
 
1年目の2015-2016で高校生たちから100個プロジェクトが立ち上がっていくことが目標です。
 
エンジョイしていきます!
 
ただ、やっぱりそこにもポイントはあります。立ち上げること以上に大切なのは『想い』です。『想い』があるからカタチになるんです。だから、大きさとかスキルは問いません。
 

3年目で6県展開、10年で一人一人がソーシャルアクションを起こす時代へ

 
僕たちがターゲットにしているのは「まだアクションを起こしていない子」です。起こせる子は自分たちでメンターを探していきます。極端な話「連絡先あげっからここに行って勉強してこい!」と言えばそれでいいんです。
 
でも、涌谷にいて思うけど、石巻にいるとこんなに高校生が熱いのに、一つ町が違うだけで全然ちがう。石巻では熱かったのに、意外と仙台に来たら高校生って熱くないのねと大学1年のときに思いました。地域格差というのは生まれてきます。
 
え?そうじゃなくて、僕はどこでもアクションを起こせる環境を作っていきたい。

「できるかできないか」じゃないんです。やった上で「地域ごとの色は何か」になりたいんです。
 
3年目が始まる2017年9月から東北各県1地域ずつ行えるように走っていきます。
 
そこから10年で全ての高校生に行き渡る環境を作り、理想は全ての高校生がソーシャルアクションを起こすことです。
 
これは山本の言葉ですが、『文化祭はみんなが30%でも力を出すと、100%を出す人が力をもっと発揮できる』ということです。
 
やっぱり、全員がマイプロジェクトに命をかけることはできないかもしれませんが、ちょっとでも力を出して楽しむと、ガチでやっていく人たちがもっと楽しんで全体が楽しくなっていくんですよね。
 
多分これはメンター側も一緒です。いまは一部のメンターががっつり見ていますが、将来的に100%の人もいれば、30%高校生の面倒を見る人もいると思います。
 
僕らはそこを繋いで、みんながアクションを起こしていけるように巻き込んでいきます。

ちょうどきのう部屋の掃除をしているときに、大学入試で出した志望理由書の書き損じをみつけました。その中には『復興のために頑張っている人を伝えていきたい』という話を書きました。その頃から東北のなかでも温度差があるのを感じていて、それをなんとかしたいと思っていたのかもしれません。
 
「復興のため」という言葉は取れましたが、やっぱり僕は頑張っている人がもっと頑張りたくなるような『仲間』を作りたいんですよね。そうしたら、きっと盛り上がる。
 
9月27日、僕は20歳になります。次のステージに上がっていきます。
 
9月13日、僕は両親に法人立ち上げの話をしました。『会社をつくることにしました。』と。
 
そのときに母親からもらった言葉が『答えはやってみなければ見つからない。』『20歳になったら自分のことは自分で育てていきなさい。』でした。
 
20年間多くの人たちに僕は育てられました。両親、地域の人々、学校の先生、活動をし始めてから出会った人たち。そのなかでかけられた言葉で僕の意識は変わってきました。
 
ロールモデル、メンターの存在がどれだけ大きなものか僕は知っています。

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20代の10年間、熱い仲間に巡り合い挑戦していくものが見つかりました。行動をしてきた自分たちだからこそ、できることをやっていきます。
 
僕たちができないことは、多くの方々へ協力をお願いしていきます。そうして、多くの人を巻き込んだムーブメントを東北から起こしていくことがやがて世界が変わるチャンスになると信じています。

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誰もが想いをアクションにできる。アクションが想いを鮮明にさせる。そんな日を僕たちは創りたい。
 
それでは、よろしくお願いします。
 
東北ソーシャルアクションエンジン
代表理事 木幡真人
 
P.S. ささやかではございますが、9月27日にAO義塾仙台キャンプにて当団体の『立ち上げ記念パーティー』を開きたいと思います。詳細は追って発表いたします。ぜひ、お時間がある方はご参加いただけると幸いです。その場で事業内容のプレゼンテーションやコミュニケーションをとる場とし、皆様からのアドバイスをいただく時間にしたいと思います。また、報道関係者の皆様にはぜひ取材を行っていただきたく、ご連絡を別途差し上げますのでよろしくお願いします。
 
(木幡連絡先 masatoaaa1995@gmail.com )
 
さらに、大学入学後に木幡本人が関わってきた事業を通じて支えてくださった皆様へは大変感謝しております。特に、AO義塾の塾長である斎木さんや嶺井さんには昨年11月に仙台校立ち上げの話を僕に投げかけてくれたからこそ、今年一年の経験を通じ、今僕は次のフェイズへと立ち向かっていくことができます。斎木さんが僕へくれた「東北の歴史は東北の人がつくっていかなくちゃね」という言葉がいまでも鮮明に憶えています。やっとそのスタートラインに立ちました。
AO義塾自体の運営からは外れますが、これから教育改革が行われていく中で高大接続の学びは必ず必要になってきます。僕は僕のできることから、この事業を応援していきたいと思います。また、塾生ともこれまで通り善きライバルとして、東北を熱くしていく同志として接していきます。ただ、一番前を走るのは僕です。

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