コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

そうだ、悩もう。強いて言うなら秋だから。

法人を立ち上げを発表したあたりからずっと重圧と火が消えていくような感覚に襲われていて。

 

言葉に重みがないというか、力がないというか。

 

『東北を熱くする!』ために立ち上げたのに、どうして僕は東北を熱くしたいんだろう。

 

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photo by CharlesFred

 

自分が発する言葉の端々に、本気さが乗っからないというのだろうか。

 

そもそも言葉が出てこない。僕は本当にこれをやりたいのかな…。

 

そんなモヤモヤが続く。

 

なんで、やっているのかというと一つは止まったら消えそうだからという焦り、一つは法人を立ち上げたのにいまさらやりませーん!とは言えないだろうという勝手な重圧。

 

車に例えると、アクセルを押しているのに全然走り出さないというか。燃料が不足しているというか、「エンジン」なのにエンジンが動かないというか…。

 

自分のことをまったく信じることができないし、当然他人のことも信じることができない。

 

自分の確信した先をみるというよりも、他人に好かれること目先のことしかみえなくなる。

 

自分のやっていることと向き合うことも恐い。なんでも言葉にするのが億劫になる。

 

そうやって抜け殻に最近なっている気がして。

 

きのうの夜、不安に押しつぶされそうになって布団にくるまって。学校も休んで、きょうも夕方まで1日中。久しぶりに襲ってきた感覚だった。

 

グリルにんじん ランチ

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3年前。高校2年の経験と重なって。

 

高校時代、陸上競技長距離をやっていた僕は2年生の6月県総体が終わったあたりにスイッチが入った。

 

県総体に出れなかったことをバネに練習を頑張った。新人戦で5000mで県の決勝に残る、駅伝で東北大会に出る目標を立てた。

 

何を目標にしているんだろう?という思いを昇華させて、練習を頑張った。

 

その結果はすぐに出て、それまでついていけなかった練習についていけるようになった。

 

ペースランも3′40″/kmで6000m×2本を走るのを前ならついていけなかったのに、そのあたりから前で引っ張れるくらいになった。

 

夏にはどの練習も前で引っ張れるくらいになった。先生にも褒められた。

 

このままいけば絶対に自分の目標が達成できる。そう思った矢先だった。

 

夏休み最初の記録会、5000m。調子は最高だった。前日に行った400m×5の練習で最後の1本は64″。持久力もスプリントも最高だった。

 

でも唯一、膝に爆弾を抱えていた。アップのときに右の膝が痛くてどうしようか悩んだ。だけど、本気で走ると大して気にならなかった。

 

この試合を休んだら、次の遠征していく駅伝(市の選抜チームで出場。記録会で良いタイムを出せたら選ぶと言われていた。)に連れていってもらえない。先生になんて言われるか分からない。

 

そうなるのが怖かった。だから、その決断を怠った。序盤は集団の後ろで様子をみる。ペースは前の夜に考えた通りだった。ラスト1000m、一気にスパートをかけてトップ煮立つ。あのまま行っても17分前半だったけど、その組自体があんまり早くなかったので一番前に立てた。

 

味噌汁 Miso soup

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半周まわってラスト800mに差し掛かったときだった。右脚が着地するたびに軋んで、ゴールするのがやっとだった。

 

それからというものの、情熱という火に酸素が入らなくなって消えてしまったかのようだった。

 

結果は残したかった。だけれど、心の底から県大会の決勝に残りたいとか、東北大会に行きたいというという想いは消えていた。

 

走るのは自分だけど、周りが頑張っているから自分も走らなきゃ、先生に頑張れって言われるから走らなきゃ。と挑戦するというよりも、想いよりも、単に数字だけのために走っていた。

 

だから、日々どうして走るんだろう?って想ったし、諦めたいと思った。

 

そういう中で人間関係も崩れた。

 

 

その経験がいまの自分と全く一緒。

 

夏に情熱的になって『立ち上げるぞー!』とは言ってみたものの、いざ立ち上げる時期になると自分の言葉に自信を乗せることができずにいる。あのときの情熱はどこにいったんだか…。

 

いまさらやりませんとは言えない。と自分を変に縛っては、挑戦ではなく上手くやることだけに焦点を当てる。

 

一回立ち止まろうと思った。このブログも書くのをやめようと思った。3日くらい、何もしないで誰とも連絡を取らないで生きようと思った。

 

だがしかし、1日休んでみると以外と動き出したくなってくる。意外ときのう怖かったことがどうでもよくなってくる。

 

やっぱり止まることのできない僕の性なんだなーと思う。

 

そういうなかで考えてみた。

 

2ヶ月前、夏休みに入るとき僕は『夏休みで自分が本当にやりたいことを見つける』と話しました。

 

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photo by cold_penguin1952

 

でも、いまになってみて思うのは立ち上げたいまだからこそ本当にやりたいことを探すのはこれからなんじゃないかなって思うんですよ。

 

言葉は発したその瞬間にその人の言葉であり、その人の言葉ではなくなる。

 

情熱のこもる言葉って常に変わると思うんですよ。(軸になっているもの以外は)

 

つい先日までこの言葉に熱がこもっていたのに、何かを見た瞬間そうではなくなる。

 

だからこそ、言葉を探し求める。

 

最近、言葉を出すのが億劫で自分と向き合うことがなんか嫌だった。できなかった。

 

でも、なんだか自分が悩んでいることを晒した瞬間楽になった。

 

たぶん、やりたいことや言葉は常に変わる。変えちゃいけないなんて決まりもないし、変わるということは成長してるということ。

 

2年生が終わる春までに自分はこれがやりたいんだというのを、もう一度言葉にできるように進んでいきます。いまは修行なんだなぁ。

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