コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

「和える」矢島里佳さんの『職業の飛躍はしてるけど、ブレてはいない。』という言葉が心に響いた。

きょうは、宮城大学でお世話になっている風見先生にお誘いをいただき、株式会社和える代表の矢島里佳さんのお話を聞ける機会をいただきました。

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以前からなんとなくネットの記事で見たり、10〜20代の起業家として紹介されているのを聞いたりして、気になってはいました。

 

ただ、僕の印象では「伝統工芸品を若い人たちでも親しみやすいように売っている会社」というイメージ止まりで、それ以上はあまり理解していませんでした。

 

それだけに、きょうお話をとっても近い距離で聞くことができたのは嬉しかったなぁと思います。

 

伝統産業x赤ちゃん・子ども

衰退していく現実にある、伝統産業やそこで働く職人の方々がつくるものを次世代に伝えていくためにaeruブランドとして伝統工芸品を販売しているそう。

 

2011年3月に創業し、現在はネットだけではなく東京の目黒にも直売店があります。

 

ブランド自体も、矢島さんたちと職人さんたちの共創によるもの。職人の方々の魅力を最大限に出して、矢島さん自身の想いを発信していくというのも大きな魅力なんじゃないかなと話を聞いていて感じました。

a-eru.co.jp

 

もともと、茶道をしていたため伝統文化には触れることが多かった矢島さん。

 

その環境で、薄利多売で売られるコップなどはモノとしての機能はたあしかにあるけど、果たして飲めればいいという世界はどこまで続くんだろうか?という疑問を抱いたという。

 

その話をしていたときに、ワインはワイングラスで、ビールはジョッキで、日本酒はお猪口で…という話をしていて当たり前のようかもしれないけど、実はそういう実と器の関係というか、単純に機能が果たせるかという以上の想いってあるよなぁと感じました。

 

たしかに、普通のコップでビールを飲むこともできるけど、ジョッキで飲んだときのほうがより嬉しい。味覚以上の、何かがそこにはある気がしていて。

 

そういう、物語を楽しめるのが豊かさというか、ひいては文化なのかもしれないと感じました。

 

そのときに、風見先生が先人が生み出した文化を『愛でる』という言葉を使っていてなるほどなぁと。

 

前に、僕のブログでもブランドを持つことをステータスにするというよりは、ブランドというある種物語にたいして感謝できるようになりたいよねっていう記事を書いたけど、そこに近いものを感じた。

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

その後、矢島さんが実際、子供と伝統産業ってともに市場が小さくなっているから、批判されることもあると言ったうえで「事業を大きくしたいわけではない」と言っていて。

 

文化的な豊かさを求めているということがストレートに伝わってきた。

http://www.flickr.com/photos/84935187@N04/16193228592

photo by Sunny_mjx

知ることから始まる

そういう、豊かさを考えたときに『僕らは果たして豊かってなんだろう?』って思う節は少なからずあると思っていて。

 

矢島さんは、そのことを『知らないから、言語化できない』と言っていた。

 

だからこそ、知る必要がある。

 

「知る」「興味をもつ」「購入する」というアクションを起こしたり、コップの水があふれるような何かを感じるまでだって「知る」材料がなかったら動けないわけで。

 

自分の五感でそれを確かめないと、身体には落とし込めない。

 

ジャーナリストになりたかった19歳

もともと、大学に入った頃はジャーナリストになりたかったそう。

 

伝えることで人の意識を変えられるようなジャーナリストになりたいとは思っていたけど、何を伝えようと思ったときに、人との出会いの中や自分の環境の中で伝統産業に行き着いた。

 

実際、雑誌の一部も書いている。

 

そこから、行動を自分なりにしてみたり、就活をしていって結果的に自分のビジョンと重なるポイントがなくて起業という手段に行き着いたという矢島さん。

 

そのとき『「ジャーナリスト」から「起業家」という職業的な希望からしたらかなり飛躍があると思う。けれど、伝えるということは軸として貫いている。職人や伝統産業を伝えたいということ、想い自体は変わっていない。』と断言していて、月並みな言葉かもしれないけどカッコイイなと思った。

 

また、最後の質問の時間に先輩が「自分もメディアの活動をしてきて、いままでは相手が伝えたいことをそのまま伝えていただけだったんじゃないかなって感じた」と話していて、aeruは職人のものをただ販売するんじゃなくて再編集をするメディアということを話していて、僕の人と人を繋ぐという仕事にも通ずるなぁ。

 

これは風見先生の言葉だったと思うんだけど『伝えたいと思うものがたしかであれば、ブレない』と言っていた。

http://www.flickr.com/photos/27846493@N00/2583500392

photo by Chris Gin

木幡の学び

いろんな感情が湧き出てきたし、学びもあった。

 

けど、僕の中で今日『行ってもいいですか?』とお願いして、お話を聞いてよかったなぁと思うことが一つあって。

 

それは、元々ジャーナリストになりたかったところから結果的に起業家になったという点。

 

僕も一緒だなぁと思っていて。

 

高校生のときまではアナウンサーになりたかった。実際、大学の志望理由書にもアナウンサーになりたいという文を書いて出した。

 

それを聞いていて、1年くらい前に風見先生がイベントで木幡はどんなメディアをつくりたい?と質問をされたのを思い出して。

『頑張る人を伝えることで、聴いた人がアクションを起こしたくなる。そんなメディアをつくりたいです。』と言ったことがある。

 

高校生の頃からそれは変わってない。

 

実際、その話はこれに書いていて。

 

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

だからこそ、「ジャーナリスト」から「起業家」という職業的な飛躍はあるけど、ブレていないという言葉が刺さって。

 

それよりも『伝えたいものが何か。』というところが本当に大切なんだと感じた。

 

僕もこれまでおしゃべりカフェという東北で活躍する大人と高校生を繋ぐ場づくりをしてきて、感じていたことがある。

 

結局、僕は何をしたいんだろう。

 

まだ、AO義塾でこれをやっていた頃。とにかく、繋ぐということだけにフォーカスしていた頃。

 

その頃は、塾生のニーズに合わせた方がいいとか、逆方向の意見の人たちとか東京的な人も呼んだほうがいいでしょって言われたことがあって。

 

それ自体は、たぶん他のイベントなら特に問題はないと思う。

 

でも、僕自体はなんだか納得がいかなくて。

 

たぶん、僕が「繋ぐ」というよりも本質的には「伝える」なのかもしれないと思い始めたのが夏休みで。

 

僕はこの人を呼びたい!という人以外はあまり呼びたくないというワガママな体質だし、ニーズに合わせ過ぎると結局何をしたいんだっけってなりがち。

 

それをそうじゃない。僕は東北で先を走る人たちを伝えたいんだと断言できたのは最近。

 

今日、『伝えたいものは何か』というのを聞いてハッとした。

 

今まで、10回強やってきて???とはなってるんだけど、言語化できていないことがあった。

 

この方はああよかった、この方はよかったんだけどなんだろうというのがあって。

 

別にその人が悪いというわけではなくて、僕が伝えたいことはなんだったんだろうというボロボロ感がそのときにあって。

 

今日、言語化できたのが前を行くトップランナーの人を伝えたいんだけど、完成されていない人じゃないかなと思った。

 

なぜかというと、人が盛り上がるのって挑戦をしている姿だと思うんですよね。

 

だから、完成された人を見て素晴らしいとは思うけど、自分も!となるのかな…という想いはある。

(注釈ですが、そういう方が悪いのではなく、僕が伝えたい方向性としてそうということです。)

 

それで、僕はいま挑戦をしている、けど高校生よりは何歩か前を行く存在を伝えていきたいんだなぁと感じた。

 

カタチは変わっても、中心にある熱い想いは変わらないという矢島さんの話を近い距離で聞けてまた僕の想いもアップデートできました。

 

僕もまた、受け取った誰かがアクションを起こすメディアでありたい。