コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

デジタルで考えが膨らまなかったのは、なんでも書けるという意識がなかったから。

今日もブログ書かなきゃ…。
 
そうして義務感になるうちに、パソコンを開いても伝えたいことが浮かんでこない。
 
ようやく、これいけるかもと思って文書にしたはいいけれど、途中でどんなメッセージにしたいかモヤモヤ。
 
 
そうしてついに、ブログを止めて10日。。。
 
春にも10日ブログが続いた後に、書かなくなったことがある。その時期は本当にツラかった。。。
 
ということで、どうして僕が最近コトバが出ないのか紙に書いてみた。
 
なぜなぜ?と問いかけていくうちに、そもそも「アイディアを紙に書いていないから」と出てきた。
 

紙にはなんでも書けるから

 
パソコンに向かい合ったって文章は書けるし、紙に書いたって文章だし、二度手間でしかないじゃないか。
 
と思うじゃないですか。ところが、そうではなくて。
 
僕はなんでも思ったこと、聞いた話、ブレストを書くために使っているA4のノートを持っていて、これにはあらゆることが書かれている。今日のタスクリスト、授業のときに先生が言っていた何気ない一言、自分の気づきや気持ち、プロジェクトの進み具合などなど。

僕は、このノートには恋人並みに気を許したかのようになんでも書いている。他人には言えないことも書いてある(僕と一緒に仕事をしている相方には問答無用で見られるが…笑)。
 
実はこの『なんでも書ける』という意識が意外とコハタのコトバの生命線になっているみたい。
 

パソコンはちゃんとしたことを書かなきゃという意識

 
もちろん、僕はMac Book Airを使いこなし、Google Documentで報告書を作ったり、PowerPointでプレゼンテーションを作ったり、こうしてはてブでブログを書いている。
 
けれど、なんだかデジタルデバイスは『清書』という意識が隠れている。
 
だから、いくらGoogle Documentで編集ができて、完成までにいろいろ書けるという機能があったからといって、なんだか思うように書きたいことが浮かんでこない。
 
僕の中でデジタルデバイスの領域って、数学のテストでいう解答欄で計算用紙にはできていない。
 
だから、端的に途中計算を示したものと解答しか書くことができないというのと同じな気がする。
 
たしかに、お前evernoteのプレミアム会員じゃないか!という横槍もあるかと…。
 
そうなんですよ。あの、最強のメモアプリとの呼び声も高いevernoteの学生アンバサダー・佐藤大地さんという方からevernoteのステッカーまでもらい、プロジェクトを進めるにあたりこれは共有するのにいい!ということで年間約5000円を支払ってevernoteのプレミアム会員に今年よりなっていて。
 

evernoteアンバサダー 佐藤大地さん
がしかし!evernoteにも限度はあって。
 
iPadなら別なのかもしれないけど、自由に絵を書いたりすることってできない。
 
僕って、絵でイメージを掴むタイプなので、メモをするときにサッと絵をかけたりしないと考えが膨らみもしないし、まとまりもしない。
 
そこが、紙なら自由にイメージが膨らんでいくんですよね。まとまるときに、スッキリしていく感覚もある。
 

そういえば、受験のときもそうだった。

 
思えば、2年前。僕が今いる宮城大学の推薦入試を受験するために、小論文を書いたときもそうだった。
 
80分くらいの試験時間のうち、50分は問題文の読み取りと自分の考えをまとめるためのキーワードを書いたり、考えを文章だけじゃまとまらないので、自分で絵を書いたり、グラフを書いたりして、ハッキリさせていた。
 
パソコンだと、そこの敷居が僕には高い気がしていて。
 
ブログを書くにも、タイトルひとつ取ってもいきなりパソコンで書ききろうとすると、ひとつにしなきゃいけない気がして。
 
紙なら別にどこに書いたって怒られるわけじゃないから、思いついたフレーズを自由に書き殴ることができる。
 
あとは、その脇に再び自分のコメントを書くこともできる。
 
正直、このことは僕だけであって、周りの人たちを見ているとevernoteで完全にアイディアのブレストができていたり、workflowyという箇条書きのアプリで全部ブレストを済ませている人がいることも事実。
 
だから、紙が絶対というわけでもないと思う。だけど、僕は何かを作ろうとするときに考えが浮かばないのではなくて、小さなことを膨らませるために深堀りをする姿勢ができていないことが課題だなぁと感じている。
 

余白が、膨らませて、鋭くさせる

 
考えをまとめるためには、最初から清書ができるんじゃなくて、何回も下書きをすることで初めて綺麗な形になっていく。
 
僕が今思っていることは「余白」というキーワードで。
 
余白がないものは余裕がないから付け足したり、逆にそぎ落としたりという作業もできない。
 
一方で、余白があるものは必要なものを付け足すこともできるし、余っているから削ぎ落とすことができて鋭くできる。
 
自分の考えを鮮明にするために、余白のあるもので遊んでいくことが大切なのかもしれない。
 
紙に書いてみることオススメです。