コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

真っ白にしてみる。

不思議だなぁと思うほど、ここ1日気持ちが動いている。

 

きのうある人から「高校生の木幡はゼロにして、次のステージに行きなよ。」って言葉を投げかけられて、ずっと溜まってきたものが噴き出している。

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今までなら「いや、高校生のサポートが僕のやりたいことです。」って言い張ってきたけど、ふと自分の足元を見て本当にしたいことを考えると、本当にこれでいいのか?という気持ちが湧き上がってくる。

 

このところマネタイズの話や事務的な話を繰り返してきて、視野が狭くなったり、生活が多忙になって、ふっと力を抜いてみて気づいたこと。

 

高校3年生のときに団体を立ち上げて1年間活動して、大学入学後は高校生をサポートする活動をしてきた。僕が代表理事をする東北ソーシャルアクションエンジンは昨年10月に立ち上げたけど、未だこれ!というものを作れていない。

 

今までなら「高校生をサポートしたいですか?」と問われると、熱を持って話せていたけど、なんだか急にやりたいと思うことではなくなった。自分がサポートする必要性はないなぁと思ってしまう。

 

根本的な話をすると誰かを支えたいという熱よりも、自分がもっと成長したい、プレイヤーに戻りたいという欲求のほうが高まってきている。

 

サポートする、育てるという話は高校の時の自分とは違うじゃんと今まで想い続けてきたけど、実際自分の高校時代の実績をそのまま引きずっている節は多分にある。組織としてやりたいこと、ゼミに入ってやりたいことをずっと考えてきたけど、僕が木幡真人として発していきたいことは何なのかという部分にぶつかっている。

 

きのうの夜、僕の相方の山本に相談してみた。同じようなことを考えていた。

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木幡は組織の中の人間としてではなくて、木幡真人として生きるほうが輝くということ。東北ソーシャルアクションエンジン自体も、核になるインパクトになるものを作れていない。Androidを何個も作るより、iPhoneを1個つくるということにシフトしたい。

 

ただ、僕自身ひとつの組織に一生いれる可能性なんて相当低いし、僕は中学のときに2回転部を繰り返したり、高校時代も部活を途中で辞めて団体を作って、それ以外にもプロジェクトを何個か立ち上げた。代表になることが多いけど、どちらかというと個人として生きていることが多い。その時必要なチーム・プロジェクトをつくり繰り返してきた。

 

木幡真人として、何を成し遂げたいのかもう一回組み立てていきたいなぁと思う。

 

 

とはいえ、僕自身いきなりやりたいことありますか?って聞かれても、ぼんやりこんな企画やってみたいなーってことは何個かあるけど、本当に熱を持ってやりたいことが何かは分からない。

  

一つだけ、心当たりがある。中学生のときにアナウンサーになりたいと想い始めたときのことを今思い出している。

 

13歳、14歳の僕が当時何を思っていたかというと、まず東京のキー局ではなくて仙台の放送局に勤めたいと思っていた。もっというと、東北放送に入社したいと思っていた。理由は、ラジオがあるから。テレビではなくて、ラジオに惹かれた理由は双方向の情報発信ができる点やリスナーとの距離が近い点。地域で頑張っている人を発信して、そこから聞いた人が応援したり、新しいアクションを起こすようなメディアをつくりたいなぁとぼんやり思っていた。

 

僕自身が今後も「東北」という単位で、地域をなんとかしたいと想い続けるかはもう一度考えないといけないけど、地域の中で循環するようなメディアをつくりたいと想っているのは変わらないと思う。

 

今、他に何がしたいですか?と問われても、自分自身がやりたいことはない気がする。

 

 

高校生や同年代の大学生を引っ張っていくということに関して、モチベーションがなくなったわけではない。ただ、サポートするということに関しては少し違和感がある。自分が1プレイヤーとして納得できるところまで本当にできたのだろうかという疑問、活動を一言で伝えられない苦しさなどたくさんのことがある。

 

僕が初めて仙台の学生団体界隈の学生たちに出会ったのは3年前の今頃だった。当時、IF I AMというUstream番組をやっていた根本さん、昨年までAO義塾などで一緒に活動した佐藤大地さん、気仙沼・南三陸で活動していた慶治さんなどなど。彼らが輝いて、彼らの語る世界観に魅せられたのは紛れもなくサポーターではなくて、プレイヤーだったからだと思う。

 

後ろじゃなくて、前を見つめて走っている姿を僕はカッコいいと思った。

 

僕自身がやりたいことを極めることのほうが僕自身が充実すると思う。

 

 

3年間やってきたことを壊すのは案外、周りから見えるよりも自分の中でしがみついていたし、離れることが怖かった。でも、新しいものを作っていかないと人間は変わっていけないし、一度壊すからこそ新しいものを作れると思う。

 

悩み抜いて、動いて自分が本当にやりたいことを見つけようと思います。