コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

メディアの可能性

たしか、僕がアナウンサーになりたいと思い始めたのは中学1年生のときだった。その後、学校の先生と話していて「どういうアナウンサーになりたいの?」と問われたことがある。

 

はっきりしたことは覚えてないけど、東京に出たいというよりは仙台でアナウンサーをして地域の情報を発信したいと思うようになった。それが、地域で頑張っている人たちを発信したいと想い始めた最初のきっかけだったと思う。

 

 

振り返ってみると、僕のマイプロジェクトはずっと『メディア』だった。中学生のときに部活の先生に勧められて、自分たちで新聞を作り始めた。取材のアポも、記事の配置も、作成もすべて自分たちで行った。先生は自分たちで考えさせてくれた。

 

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ラジオを聞いていて、地元の放送局のアナウンサーが地域で頑張っている人たちを取材しているのに憧れた。自分の知っているところ、ひとが出るメディアってなんかワクワクするなぁと思った。

 

それが8年前に僕が思ったことだった。

 

そして、3年前僕は高校生たちで石巻の明るい情報を発信する団体「くじらステーション」を立ち上げた。

 

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自然と、中学・高校と頑張っている人を伝えるプロジェクトを立ち上げてきた。

 

大学に入ってから、人の夢を応援したいと思うようになって、地域で頑張っている人たちを伝えることでアクションを起こしたいと思う人が増えるメディアを作れないかなと思い始めた。

 

メディアがコミュニティをつくるんじゃないかということにも気づいた。

 

リアルな場を作り続けていかないと、アクションまで結びつけるのは厳しいかもしれないが、マイプロを立ち上げる高校生がいること、東北で輝いているロールモデルの生き方があるんだという意識はメディアによって今までより多くの人と繋げることができるんじゃないかと思う。

 

きのう東北ソーシャルアクションエンジンのMTGを行って、メディアを立ち上げていこうという話をした。

 

まだまだ超えていかないといけない壁はある。そもそも必要とされているのか、既存にあるものと何が違うのか、どのような手段を使っていくのか、デザインは…。

 

ただ、最近思うことがあって、大学1年生のときに僕の相方が言っていた山本の言葉が思い出される。

 

みんなが30%のチカラを出せば、ひっぱる人たちが100%以上を出せるようになる。

 

彼は文化祭のことを例えて言っていたんだけど、まさにこれじゃないかなと僕は思っていて。

 

今東北で、新しい生き方を創り出していく人たちから輪が広がって、自分たちでプロジェクトを立ち上げたり、起業したりというすげえリスク高いことをしなくても、その人たちを応援したり、自分も何かしら輝けることをしてみようという文化をつくれたら楽しいんじゃないかなって思う。

 

みんなが熱くなる必要はないけど、チカラを合わせられる環境はつくったらいいんじゃないかなって思う。

 

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それがもしかしたら、メディアが担えるんじゃないかなって感じている。

 

メディアには、そんな可能性があるんじゃないかと僕は思う。