コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

自分の言葉になっていないなら、自分の言葉にできるまで向き合えばいい。

今まで、誰かに自分のやりたいことを話すときに自分の言葉になっていないことが怖かった。

  

「想像できない。」って返されること、「意識高いだけじゃん。」って言われること、「本当にやりたいことなの?」って突かれるのが本当に怖かった。

 

だから、自分の言葉になっていないなら、もういいや諦めた。って今までならなっていた。

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実は、違うんだなって最近は思い始めた。自分の言葉になっていないことだから諦めるではなくて、自分の言葉になるまで向き合い続けることが必要だと気づいた。

 

自分はそれをどんな色にしたいのか、それをどんな言葉で伝えたいのか、自分が心の底まで想像して自分の言葉に変えていけばいいんだって。モノが変わっても、変わらなかったとしても、大きなものを砕いていこうとしなければ、結局ジブンゴトはいつまでたってもやってこない。

 

その努力がないから、いままで自分が放つ言葉に力が乗らないんだなってことにようやく気づいた。

 

未完成なままで前に立つことはとても嫌なことかもしれない。だけど、前に立つからこそ得られるものがある。たとえ違かったとしても、行動するからこそ得られるものがある。それは、自分にとっては「違う」ものだったとしても、どんな口先のものよりも確実な答えになって得ることができる。

 

たった一回で、もういいやと諦めてしまう今までの自分だった。でも、どんなに偉大な選手も一回の素振りから始まるかもしれない。地味な練習を繰り返すことから始まるかもしれない。そうして、やがて華麗なプレーをできるようになる。そもそも、最初から『自分の言葉』なんてありえないのかもしれない。

 

叩いて叩いて叩かれて、そうやってまた伸びていくものに味が出てくるのかもしれない。

tea

 

 

誰かから意見を言われることはとても怖い。本当に僕はちょっとしたことでも気にしてしまう。どんなことを思われているかも。

 

でも、冷静に考えてみるとそんなことだけで止まってしまうなんてもったいないの極みだなって思う。その先に、自分が本当に楽しみにしていることがあるんだとしたら、人が自分になって体験してくれるわけではない。

 

 

それを体験することができるのは自分だから。

 

 

いろんなフィードバックがある。だけど、それは次へのメッセージであって、原動力になる。

 

 

 

自分の言葉になるまで、とことん向き合い続けたやつが最後は誰よりも輝くんだと思う。だから、自分の信念を貫き通せ。

 

君は君でしかない。