コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

高校生は何を求めているんだろう。

きょうは高校生とともに過ごしていた。

 

学校の話だったり、進路の話だったり、友達関係だったり、恋愛だったり、1日でいろんなことを話していた。

 

最近、僕も立ち止まってみて思っていた。結局、みんな何を求めているんだろう。

活動をしていたころは、これをやるのがいいんだと思いこんでいた節があるけど、立ち止まってみて今まで自分は他人がどんなことを考えているか聞いてこなかったと反省した。

 

自分がイイと思っているモノでも、普段の彼らの日常に入っていかなければ何の意味もない。彼らが常々考えていること、彼らの周りの友達が考えていることは何だろう。

僕たちだってそうだと思う。どれだけ素晴らしいモノでも、iPhoneのように触れたいと思うものでなければ意味がない。

 

ふとそんなコトを思っていた。

 

僕がきょう、高校生たちと1日話していて感じたのは「知りたい」という欲求だったり、「出会いたい」という感情なんだと思う。

 

例えば、地域で輝いているオトナに出会いたいという感情。自分の世界を広げるために、いろんなオトナに話を聞いてみたいという子がいた。

 

ある子は、職業を知りたいといっていた。何になりたいのかわからないから、もっと自分の外にあるものを知りたいという子だった。

 

また、ある子は時間がある友達が自分の活動の話を聞くと、興味があるといってくれるらしい。また、その友達は動き出すためにはどうしたらいいか分からないという。

 

みんなと話していて、高校生の時期って「知りたい」時期なんだと思った。小学校、中学校まではある程度決まりきっているというか、決まった人々の中で育つ。それが、全く違う人々とも交わりはじめ、将来のことも現実的になり始めるのが高校生の頃だと思う。

 

たしかに、外に興味が向き始める時期だと思う。

 

なのに、なぜ現実は中に閉じ込めてしまうような時期なんだろう。朝から夕方までずっと学校で授業、部活が終わって塾に行ったり、家に帰ってまた勉強をする。そんな1日がずっとループする。僕は高校時代そう思った。

 

出会う大人といったら、学校の先生と大抵の場合サラリーマンの親くらい。たしかに、その生活をしていたら、職業が分からなくもなる。

 

僕が高校生のときも、外のことを知りたかった。アナウンサーという夢がくずれかけたときに、他の職業を見渡したけど、知識が少なかった。公務員、農家、スポーツ選手、工業系の仕事、学校の先生…。

 

考えはしたけど、どうもどれもピンとこなかった。陸上の選手になれるほど速くもなかったし。

 

ひたすら、自分が何になるのか、自分が何者なのか知りたかった。

 

僕が運の良かった人間だと思うのは、祖父が変わった公務員で小さい頃に多様な人に会わせてくれたこと、母親が経験できるならなんでもやってみなというスタンスだったこと、父親が何も言わない人だということ。そして、偶然の出会いがあって「伝える」という手段はアナウンサーや新聞記者だけではないと知れたこと。

 

もっと、社会とか地域との接点をつくることが当たり前になってほしい。社会・地域と接点をつくるって、一番身近なところでいうと、自分たちがこれから向かう「オトナ」を見ることじゃないかなと思う。キラキラしてる大人を見れたら、「こうなりたい」という感情も生まれてくるんじゃないかなと思う

 

公務員や学校の先生という選択が悪いわけではないし、むしろ想いがある子が多いと思う。でも、100人いたら100通りの答えがあるみたいに、自分学校の先生じゃないかも?みたいな時期が来ることもあるはず。

 

そう思い始めた時に、自分にとってそれっぽい答えがそこらへんにあって拾えたらどれだけいいだろう。

 

「違うかも?」って思って、近くに落ちてないから僕たちは絶望したり、悩んだりする。近くになくても、自分から探しにいける説明書が落ちていたら、なんとかなるかもしれない。

 

もっと真面目な話をすれば、これからの地域は今までの形から変わっていくだけに「役に立つ」仕事も形を変えていくと思う。また、AIのおかげで未来の仕事は今ないものだったり、どんどん変化していく。

 

だから、親や学校の先生だけじゃなくて、いろんな大人が何を目指して生きているのか知ることができたら僕たちは何かホッとするんじゃないか。 

 

僕たちが考えている以上に世界は広いし、いろんな選択肢をとっていける。

 

そんなことを僕は伝えられるようになりたい。

 

気づいた身として。