コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

新しい、を創る年へ

活動

あけましておめでとうございます。
 
 
2017年が始まって3日目です。
僕はというと、元旦からニューイヤー駅伝箱根駅伝と走る人たちを見ながらこたつで餅を食べながら過ごしてました。
 
ちなみに、年末に体調を崩したので、約1週間家に引きこもりです。当然、太りました。
 
ところで、昨年はというと「今年は大学3年生になるからやったるぞ!」とばかりに、元旦にメッセージVTRを撮影したり、神社で大吉を引いて絶対にいける!とでっかく出ましたが、1年過ごしてみるとなかなか思い通りではない時期でした。失敗したり、思うように身動きが取れなかったり、突然前が見えなくなって、後半は持ち直しましたが、自分の情熱が少し消えかけました。思い通りではないし、混沌としていたし、不本意といえば不本意な1年だったのかもしれません。
 
ただし、混沌とした2016年という時間を過ごしたからこそ余計なものが剥がれ、自分の気持ちが整ったような気もします。自分の言葉が出なくなったからこそ、もう一度リセットして、今の自分に向き合えている気もします。
 
簡単にいうと、洗濯機の中で洗われた1年だったのかもしれません。笑
 
 
さて、そんな目が回るような1年を越えて、2017年がやってきました。
 
僕は今年を「情熱の年」にしていきたいと思っています。
 
4月からは大学4年生になり、大学は「地域創生学類」が始まり、研究室としても3年生が入ってきます。スポーツのように何か大会があるわけではないですが、まちづくりをやりたいと思っている同じ大学の子たちにとってロールモデルになるような結果を残していきたいと思います。
 
 
また、僕自身としても今までやりたいと思い続けてきた「東北で活動する人を伝えるメディア」をアクションにしていきたいと思います。今までの一人で取り組む形から、仲間と一緒に旗を立てていくような挑戦をしていきたいです。
 
 
ちなみに、箱根駅伝を見ながら、4年生になるってどういうことなんだろうと考えていました。
 
僕は「新しいことを創っていくこと」が4年生になることなんじゃないかと思ったんです。
 
 
僕は、今までやってきたことの延長線上、まとめの作業が4年生になってからのことだと思っていました。
 
 
実は、違うのかも。
 
今までは、ある意味前を走る先輩におんぶに抱っこでやってこれた。見よう見真似でやってこれた。
 
でも、最後の年になるというのは、自分よりも前がいない分自分自身のものを創り出さないと、以前よりも越えたとは言えないんだと思うんです。
 
ある意味、卒論だってまとめの作業というよりは、新しい解を出すことです。
 
 
僕が思うに、純粋なインプットも、アウトプットも、またはいい結果も、振るわない結果もすべて3年間のものは自分自身の中に貯めてきたものだと思うんです。材料集めみたいな。
 
 
 
その集めてきた材料で何の料理するのさ?っていうのが、大学4年になってからの挑戦だと思います。
 
 
話がずれましたが、箱根駅伝を見ていて、3連覇を果たした青山学院がなんで3年連続で優勝できたんだろうって考えたときに、いい意味で前の年のものをぶち壊してこれたから達成できたんだと思います。
 
毎年見ていて、チームの色が違う感じがするんです。
 
 
自分たちの色を自分たちの手で創り上げてきたからこそ、前の年を越え続けているんだと思うんです。
 
 
僕自身、大学1年の頃からいろんな経験をさせてもらいました。やっぱり、そういうのって自分自身がってだけではなくて、前を行く人たちのおかげあって経験させてもらってきたことばかりだと思います。振り返ってみると。
 
 
今、思い返すとキツいなぁと思う経験は「仲間」に関することが大学に入ってからは多かったです。ある意味、そこを越えていくのも今年やることなのかもしれないです。
 
そういった、今まで経験して集めてきた材料を持って、新しいものを情熱的に創っていく年にしたいと思います。