コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

また走れた、それが僕は嬉しかった。

高校1年の頃、よく分からないけど、とにかく走れない時期があった。
 

 
高校の陸上部に入った頃から実力ですら一番遅かったが、
本格的に走り始めるようになってから輪をかけて走れないようになっていった。
 
 
さすがにこれくらいのタイムは中学の頃でも出せたと思うペースもついていけなくなった。
 
本当にいくら頑張っても走れるようにならないので、陸上部を辞めようという寸前までいった。
 
 
ただ、僕にとって運がよかったのはその頃一つ上の先輩で貧血を患っていた人がいたことだった。
 
その先輩に、木幡も貧血じゃないかと言われ、病院に行ってみると本当に貧血だった。
 
小さい頃から貧血になりやすくて教室で倒れたことも何度かあったので気をつけてはいたが、
まさかそんなに重症な貧血だとは思わなかった。
 
 
毎日処方された鉄剤を飲むようになり、
1ヶ月ほどすると少しずつ走れるようになっていった。
 
おそらく9月の下旬だったと思う。
テストで部活が休みの間に先輩と1000mを1本走ってみようという話になって、
走ってみると3分25秒だった。
 
たしかに、今考えると超絶遅いタイムなんだけど、その時の自分にとってはとても嬉しいことだった。

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走れない時期は1kmを3分45秒で走るのも息が上がり、走り終わると倒れこむほどだった。
 
それが、こんなにも走れるようになるのかという感動があった。
 
もうダメかもしれないという絶望感を感じていた自分にとって、また走れるようになった実感は本当に毎回が楽しいものだった。
 
 
そんな感じで、どんなにレベルが低くても、どんなに遅くても初めの一歩というのは『自分自身の喜び(=成功体験)』が大事なんだと思う。
 
自分ってこれくらいできるんだとか、あともうちょっと頑張ったらこうなるんだとか。
 
 
 
この4年間、プロジェクトというものをやるようになってから、
自分の力でできる範囲とか、とにかく自分の力でやってみようみたいなものをすっ飛ばしてしまうようになってしまった節がある。
 
 
それはすごく反省すべき点だと自分も思っているのだけど、結果から言うと、
それがたとえ成功したとしてもあまり喜びはないのだと思う。
 
 
例えが難しいが、今話題になっているナイキ社の2時間切りのシューズを買って、いいタイムを出したとしても、そこに自分自身の努力が伴っていなければあまり嬉しくないと思う(第一、長距離の場合日々の努力がものを言うので、シューズだけでタイムが変わるとはあまり思えないけど)。
 
 
 
昔は、上辺だけを見て、こういう賞が欲しいとか、ああいうイベントに参加したいとか(もちろんそういった類のイベントを批判しているわけではない。そういうステータスのように扱っている自分に対して)、これがあったらあれができるのにということを思っていた。
 
 
スポーツであれば道具であったり、プロジェクトでいっても道具(たとえばMac BookやiPad)あるいは、お金というのは、それまでに培ってきた努力を助けるものであって、それ自体が何かを為すものではないのだと、今は強く思うようになった。
 
 
至極、当然のことなんだけど。
 

8月27日、僕は4年半ぶりに陸上競技のレースというものに出てきた。
 
結果は3000mを走って、10分51秒
 
中学生のようなタイムだった。
 
履いて走ったのは2年前に買ったアディダスのシューズ。
陸上競技の専門店で売れ筋のシューズでもないし、レース用のマラソンシューズでもない。
 
まあ、久しぶりにジョグでもしようと思ってダイエット用に2年前に買ったシューズだった。
 
高校生の時のように、アップのときのシューズとレースのときのシューズを分けて履くということもしなかった。カッコいい理由というよりは、買うお金がなかったからなのだけど。笑
 
 
ラップタイムを後から見返したら、後半の落ち方がひどかった。
 
でも、僕はまた400mトラックで走れたこと自体がとても嬉しかった。
 
 
 
甘いかもしれないけど、カッコつけるわけでもなく、
この今の自分の身体で挑戦して結果が出たことが嬉しかった。
 
 
道具がどうとか、あれがあったらとか、
そんなのを抜きにありのままに不恰好に走って、2ヶ月分の努力をぶつけられた。
 
 
僕は、ただそれだけで嬉しかった。
 
 
6年前、貧血が治ってきて、また自分は走れるんだと分かったときのように。
 
自分の成長はまたここからだ。
 
 
 
もちろん、これからも僕は目標に向かって走り続ける。
 
 
 

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そして、次は自分の活動として新たなプロジェクトが動きだす。
 
僕にとってこの2年間は、自信を失いかけた時間だった。
 
こうやって消えていくのかと一時は思ったし、今でもできるという自信があるわけではない。
むしろ、大学4年生になってから無力感を感じることの方が多い。
 
自分のできなさ加減、人との信頼関係を失ってしまうような行動を数多く行ってしまい、
何度も申し訳ないと思った。
 
今思えば、なんでこんなことしか考えられなかったんだろうと、自分を責めることもある。
 
 
でも、それを助けてくれるのは、道具でもない、お金でもない、他人でもない。
 
ただただ、自分がやりたいという熱意と実際に行動を起こすことなのだと思う。
 
 
今まで、僕は打席に立つことを避けてきた。
 
でも、どんなに下手だって打席に立たなければ結果は生まれない。
 
下手なところから自分自身が育っていくことこそが、後からストーリーになるのだと思う。
 
 
大きな何かを得ることが成功なのではない。
どれだけ下手だとしても、遅かったとしても、それがカッコ悪かったとしても、
打席に立った自分に喜びを感じれる、自分頑張ったよって思えることが成功というのかもしれない。
 
 
本当に「走る」というアクションから学びとることは多い。