コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

キラキラした自分になりたい

最近ある人と話していた時にこんなことを言われた。

 

木幡のプロジェクトからワクワク感が伝わってこないんだよね。なんだか、今までの償いみたいな感じがしてくる。

 

言われた直後はすごくショックだったし、そんなことはないと否定したくなったけど、よくよく考えていくとそんな感じがしてきた。

 

好きでやっているというよりも、今の現状が嫌だから、ヤケになって動いてるという感情が心の底に溜まっている。

 

過去の出来事とか苦しさに囚われて、そこから抜け出すことばっかり考えて、そこを抜け出したい、見返したいと思うから動いている。

 

楽しいふりをしているだけで、本当は楽しくないのかもしれない。

 

なんでこんなことをしているんだろう、いっそ何もしないほうがいいのかもしれないと自分を呪ってしまうような考えも頭のなかに浮んできた。

 

でも、考えてみた。

 

一体自分は何が楽しいんだろう、楽しいことには何があるんだろう。なぜ自分は楽しいと感じないのだろう。

 

 

例えば、今やっている陸上競技は楽しい。

 

のめり込むくらい楽しい。twitterのタイムラインがほぼ全て陸上競技の話題になるくらい楽しい。

 

そもそも走ることが大好きだ。駅伝を見るのも大好きだし、走っている選手たちがかっこいいと思う。

 

 

では、どうして自分が走ることが楽しいと思うのだろう。おそらく、世の中の70%くらいの人から見れば、”長距離を走る人たち”というのは、奇妙な存在なのだと思う。

 

苦しい顔をしながら、なぜ長い距離を走りたいと思うのか。

 

と、世の中の人たちは思うに違いない。なんなら、同じ陸上部でも短距離の人たちから見れば長距離の人たちの練習は”おかしい”と思っているらしい。

 

でも、僕は走ることをほぼ毎日続けている。それは、もっと速くなりたいという気持ちと目標、一つ一つ積み重ねていった時の達成感がすごく気持ちいいからだ。

 

もちろん、苦しいと思うし、走りたくないと思う日もあるけど、長距離は楽しいと思う。

 

リズムに乗れた日は弾むように走ることができる。

 

 

そんなことを考えていたら、ある人が「苦しそう。ワクワク感を感じない。」と言った理由が見えてきた気がする。

 

今、自分がプロジェクトに対して抱いている感情は後ろ向きでしかない。

 

失敗して迷惑をかけてきた周りに対して申し訳ない。

これまで辛かった。

こんなのは嫌だ。見返したい。

 

という気持ちしか持っていない。

 

そのことは前の記事に書いている。

自分の中心 - コハタのコトバ

 

そう考えると、楽しくない理由が見えてきた。

 

そりゃたしかに、プロジェクトをやっていて、無力感をひたすら感じるし、進まない…と思うわけだ。

 

前に一歩進みたい、追いたいという身体が前に進む気持ちになれるはずがない。後ろしか見ていないのだから。

 

とはいっても、目標を立ててみても、力を入れてここまでやってみるんだと感じれるような目標にはならない。むしろ、白けてしまうような目標だ。

 

どうすりゃいいんだぁぁぁああ。

 

と、頭から煙が出そうになったので、友人に聞いてみた。

 

最近、何が楽しいことか分からないんだよね。

と。

 

すると、友人は

無意識に選んできたことが楽しいことじゃないかな。

続けてきたこととか。

と、言っていた。

 

なるほど。

はっきりとは答えが出なかったけど、なんとなく肩の荷が降りた気がした。

 

帰りの電車のなか、自分が楽しいと感じることを書き出してみた。

 

走ること、人と話すこと、書くこと、料理、動画…

 

 

 

ひと通り書いてみて、ふと思い出したことがあった。

 

自分がアナウンサーになりたいと中学生のときに思った時のことを思い出した。

 

 

これまで、アナウンサーにどうしてなりたいと思ったのかを思い出せずにいたけど、このときようやく思い出すことができた。

 

それは、いろんな仕事をしてる人に会えるからという理由だった。

 

ラジオのパーソナリティもそうなんだけど、リポーターをしているといろんな人が仕事しているところへ会いに行けるということを知った僕はとても魅力的だなあと思った。

 

最初は普通のジャーナリストというよりは、スポーツアナウンサーになってプロ野球選手と間近で会いたいというほうが強かったけど、その興味が薄らいでからは地域の人とか、いろんな仕事をしてる人に変わった。

 

スポーツでもそうでないほうでも、共通しているのはキラキラしてる人に会いたいということだった。

 

そんな人にたくさん会って行ったら、世界が広がりそうだ、キラキラしてる自分になれるかもしれないと当時の自分は思ったから、アナウンサーになりたいと思ったのかもしれない。

 

そんなことを思い出したら、プロジェクトをやる楽しさであったり、こうなりたい姿というのが少しはっきりしてきた気がする。

 

そうだ、僕がプロジェクトをやるのは、償いとか過去の辛いことを超えたいとかギシギシしたもののためではなくて、キラキラした自分になりたいからだ。 

 

キラキラしてるっていうとオシャレ感があるけど、なんというか『目を輝かせている自分』になりたいのだ。

 

そして、メディアをやりたいって思ってたのは、実はもっとシンプル。

 

キラキラしている人に会いに行きたいから。

 

伝えたいとか、応援したいとか、その前に…その前に、自分がまず出会いたいから。

 

キラキラしてる人たちと出会って、自分もキラキラしてる人になりたい。そして、知らせたい。

 

だからだ。

 

今この瞬間、僕が頑張りたい理由は『キラキラしてる人に会いに行きたいから』になった。

 

 

そんなことを思うだけで、とても前に進みたいと思えるようになった。そうか、これがしたかったのかと感じれるようになった。

 

これから、いろんな人に出会っていきたい。いろんな人の話を聞いてみたい。

 

 

そして、キラキラしてる自分になりたい。