コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

妥協できないのは、出会ったしまったから

ポエム

どうしてか、昔からこれだ!って思ったものは妥協ができない。

 

 

 

他の人ならいいんじゃない?って思ってしまう場面で、つい頑張ってしまう。

もっと良くしたいって頑張る。

 

 

どうして、そんな夢中になって取り組めるの?ってよく聞かれるけど、実のところよく分からない。

 

 

 

 

ひとつだけ言えるとしたら、僕がそれに「出会ってしまった」から。

 

 

うまく説明できないのだけど、昔からそんな感覚がどれを選ぶにもある。仕事もそうだし、恋愛もそうだった。

 

 

僕の中には二面性があって、エンジンが付くとギアを変えて突っ走る方とまぁゆっくりやろうよというゆるい側の人間が同居している。

 

だから、妥協したいときもたくさんあるんだけど、自分の中で妥協したくないという思いだったり、人から助言されて引き戻されて、妥協できなくなる。

 

すると、だんだん妥協したくなくなる。笑

 

 

 

 

それ故に、ひどく悩む。とても、病む。

 

 

このブログにも度々書くけど、高校生のとき成績が悪くてアナウンサーになれないかもしれないと思った時に、じゃあ自分は何になるんだろうと悩んだのは妥協できなかったからだと思う。

 

 

 

職は世間を見渡せば、いろいろある。

 

 

でも、普通じゃ嫌なんだ。生意気かもしれないけど、そう思った。

 

 

 

 

自分が他人に比べて、未来のキャリアについて考えるのが他人より早かったのは、自分で組み立てていくんだという気持ち故だったのかもしれない。

 

 

大学に入ってからも、そんな気持ちは大きい。

 

 

 

 

他人だったら妥協してもいいじゃんとか、今はこれでいいよと言えるところで、どうしても気になってしまう。

自分は今の状態ではダメなんじゃないか?と思ってしまう。

 

 

これが功を奏す時もあれば、災いを呼ぶ時もある。

 

 

 

それ故、人を傷つけてしまったことや振り回してしまうことは今までたくさん経験してきた。(妥協できないことそのものよりも、妥協できないことによって生じる病み期によって)

 

 

 

人より理想が高いんだと思う。こうありたいという姿が。

 

 

でも、やり方がわからなかったりして、動けないときも多い。

高いだけに、中々辿り着かないものに対しては、酷く病む。いつになったら着くんだろう、と。なんで、こんなに走り続けるんだっけ?と。

 

 

苦しい時期は本当に苦しい。立ち止まってしまうほど苦しい。

 

正直、いまも苦しい時がある。

 

ここで止まれたらとか、こっちでもいいじゃんとか。それなりにできてんだから、いいじゃんとか。

 

それでも、なぜか動いてしまうのは、それに初めて出会ったときから感じてる、自分ここに行きたいっていうピンとくるものなんだと思う。

 

やっぱり、自分が求めているものはこれじゃないんだって、また走り出す。

 

 

 

困ったものだけど、それが自分だから。

 

 

 

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