コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

諦めてもいいと思ってたボクを変えてくれた、ある人の言葉

友達がやっている小料理屋に、仕事がひと段落ついて行ってみると、あるおじさんに出会った。
 
 
 
その人は近所に家があり、この店に初めて入ってみたのだという。
僕がそのおじさんと話し始めたときには、すでにかなり酔っていた。
 
おじさんと言っても、出で立ちは長髪のアーティストなのでそれなりに若く見えるのだけど。
 
 
その酔ったおじさんに絡まれるように、ここに来た理由、君は何を大学で学んでいるのか、就職はどうするのかと”取り調べ”を一通り受けた。と言いつつも、僕もこういうのが嫌いではないので、下手なりに喋ってしまう。
 
 
 
 
それにしても、このおじさん一体ナニモノなのだろうか。
喋りながら僕の疑問は膨らんでいく。
 
 
その「取り調べ」を終えると、逆にぼくが仕事は何をしているんですか?と尋ねた。
 
 
その人はどうやら彫刻家をしているらしい。
もっというと、仏師ではないが、仏像を彫っているらしい。
 
 
僕はこんな近くにアーティストとして活動する人間が住んでいるのかと驚いたので、
どうして彫刻家になろうとしたのか聞いてみた。
 
 
すると、そのおじさん曰く「消去法」で彫刻家になったのだという。
僕にはとてもとても消去法でアーティストになったという話の意味がわからなかったけど、
 
そのおじさんは本当に消去法で彫刻家になったらしい。
 
 
 
驚異的すぎる。
 
 
 
酔っ払ったおじさんはぼくにビールをごちそうしてくれて、また語り始めた。
 
 
高校時代、山岳部で活動していたが、
いろいろと大変で面白みを感じず辞めてしまったのだという。当時、高校2年生だったとか。
 
部活を辞めてから、自分は飽き性で今までコロコロやることを変えてきた。
だから、自分が一生続けられることを見つけたいとそのときに思ったのだとか。
 
 
やはり、高校2年生、17歳というのは悩むのだろうか。
 
 
見つけたいと思ったが、自分は知識や情報がないということに気づき、
学ばなければいけないということを感じたのだとか。
 
 
 
それで、予備校でいろんな学部の案内をみては、自分の興味のある分野を探し始めた。
 
当時、理系だったそのおじさんは理学部、工学部の案内をみて、たしかに化学は好きだけど仕事にしたいほどでもないと思ったらしい。かといって、文学部も本を読むのは好きだけど、それを研究したいとも思わず。法学部でもない、体育大学に行ってスポーツ選手になりたいわけでもない、その当時できたばかりの情報〇〇学部やリベラルアーツ的なことをやりたいわけでもない…といろいろ消去法で行き着いた先が美大だったらしい。
 
 
小さい頃にすぐ辞めてしまったけど、絵を描くことは好きだった。
だから、美大ならいいかもしれないと思って、志望した。
 
しかし、デッサンをするために予備校に通い始めて、
デッサンをしてみると、描くものを見ながら描いているのにうまくかけなかったのだとか。
 
 
どうして、物が目の前にあって、それを真似して描いているはずなのに、
うまく描けないのだろうか。
 
 
 
そう疑問を持ったからこそ、そのおじさんは高校生ながらに「これは学ぶ価値がある」と思ったのだとか。
 
 
実は、会話はそこで一度途切れてしまって、というかほぼ閉店の時間になり彫刻家になるまでの話は端折られてしまった。笑
 
 
でも、そうやって一生続けたいと思えるものに出会ったのだという。
 
 
『いいですか。一生続けられる仕事に出会えるかどうかは運です。運ですよ。』
 
そのおじさんは最後にこの言葉を残して帰っていった。
 
 
最初は酔っ払っていたおじさんが言っていた言葉だけど、
妙にその言葉はストレートで重みがあって、自分の心に染み込んできた。
 
 
純粋に自分の想いがどこにあるのか分からなくなってきて、
気持ちのどこかでは『やることなんて2、3年ごとに変わってきたじゃないか。別にどこかで諦めたっていいじゃないか』と言い訳を作っていた自分にストレートに入ってきた。
 
そんな言葉のおかげだと思う。
 
 
 
これまで持ち続けてきたものを手放してもいい。
大事なのは、自分が想いと情熱を傾けられるものだ、と気づけたことが。
 
あの夜、おじさんに出会えてよかった。