コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

悩むことって悪いことなの?

先日、『「丸くなったね」その一言に僕は縛られていたんだ。』というブログを書いたところある高校生が僕に直接メッセージをくれた。

 

 

 

僕は用事があったので、メッセージが来た直後はさらっと内容を把握して「あとで返すね」だけと返信した。

 

その後、しっかりと内容を見るとその子も悩んでるんだなぁと感じた。いつも、SNSを通して見る姿であったり、たまにイベントとかで会う姿はそんなに悩んでいるようには見えない元気な子なんだけど実際はそうでもないんだなっていうのがわかった。

 

 

 

少し意外な気持ちもしたけど、行動すればこそ生まれるものだなぁと思う。

 

酒

 

 

その子が言うには、学年が上がった頃から『自分がやりたいことがわかんなくなっていた』という。プロジェクトをやり始めて、一生懸命やっていた頃は本当に楽しくて、自分がキラキラしていたのも感じていたし、本当に世界って変えられるんじゃないかって信じていた。

 

 

 

 

 

 

だけど、本を読んでみたり、プロジェクトのなかでつまづくことに出会っていくことで、なんだか現実を見たような気持ちになって『世界は変えられない』と思うようになってしまったという。

 

 

現実が見えれば見えるほど、自分が何もやりたくなくなっていくし、自分がやりたいことって結局何なんだろうという風にネガティブな気持ちのスパイラルに巻き込まれていってしまう。最後には、気持ちが動かなくなってしまった。

 

考えなくなると、ポジティブで輝いていたころはポンって出てきていた自分の言葉が出てこなくなってしまった。

 

 

 

 

自分の周りの人は優しいひとばっかりで、自分のことを面白いって言ってくれるひとたちだったから、自分が立ち止まってつまらない人間になってしまうことに大きな恐怖感があるとその子は話してくれた。

 

 

ありがたいことに、僕がブログに悩んでいることを打ち明けているのをみて、悩むことも変じゃないと思えたという。

 

 

 

いっぱい悩んで、苦しんでいるなかでも、周りも悩んでいるだってことを少し知ったら楽になるかな。

 

僕はまず、この子がメッセージをくれたことに本当に嬉しさを感じています。感想を持ってくれるのは書いていてよかったなと思うし、悩んでいるときって人に自分の負の部分をこじ開けられるのってとても嫌だったりする。だからこそ、自分から開けてきたのは本当にスゴいことだなって思っています。

 

Run

 

ちなみに、僕はこの類いの悩みを打ち明けられなくて高校〜大学1年にかけて多くの失敗をしてきた人間なので、素直に打ち明けられることが羨ましいです。笑

 

 

 

内容についてですが、僕も高校の頃は『オレできる!キラッ!』みたいな幻想を抱いていました。幻想かというと、勢いもあったし、なんだかんだで周りの高校生よりは実績を残していた部分があったのでわからないという部分もありますが、自分が世界を変える人間なんだという部分に対しては違うなぁと今では思っています。

 

 

それはさておき、自分のチカラにドライブがかかっているときってリアル・スター状態だなって思います。なんか、体の奥底からチカラが湧いてくるような感覚がして、なんでもできちゃうんじゃないかっていうような気持ちになる。

 

 

この状態自体が悪いわけではなく、むしろ僕はこういう感覚を味わうことはかなり大事なことだと思っています。自分が本当にやりたいことをやっているのか、嬉しいのか、充実しているのかっていう判断材料の一つの指標ですから。

 

 

問題はそのあとです。もちろん、スター状態はいつか切れるときが来ます。

 

 

これは、メッセージをくれた子のように読書をしたり、プロジェクトにつまづいたりして段々と現実を知っていくことによって起こるパターンと大学進学などの環境が変わることによって自分って違う環境だと何もできないんだよなっていうことに気づくパターンがあると思います。

 

僕は大学1年生〜大学3年生の4月まで悩み続けましたが、前者のプロジェクトにつまづいたパターンから悩んでいます。

 

 

そして、自分のやりたいことがなくなりました。

 

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

後から気づくと、本当にやりたいことがなくなったというよりは、つまづいてズタズタになって、よくわからなくなって「やりたい!」という感情から遠ざかっていたんだなぁと思います。

 

 

 

思い出すと、1年の頃にも1回やりたいことがないから辞めるという発言をしたことがありました。

 

自分の言葉が出てこなくなるというのは、まさにこないだ魔女の宅急便に泣いた僕の話を書きましたが、自分を信じることができなくなり動くことができなくなったからこそだと思います。こういうときは僕もあるんだけど、何を言っても違う気がしてくる。

 

 

 

そして、周りからの視線が気になるというのが、僕のブログを見て同じだと感じてくれたみたいです。悩んでいることがつまらない人間だとか、僕みたいに何かすることで他人が何かいうんじゃないかみたいなネガティブな感じになっていくのは、できれば避けたいところではあります。

 

cOlOrS

 

でも、つまらない人間として見られるんじゃないかという、悩むことへの恐怖感みたいなものは感じてはしまうけど、悩むこと自体は悪ではないと僕は思います。

 

 

「悩む」というのは、動こうとしたり、前に進むからこそ起きることだと僕は思います。だから、悩むというのは成長痛だと僕は思っています。

 

たしかに、プロジェクトを進めて極めて行った先にあまり悩まなくなるフェーズはやってくるのかもしれない。だけど、それも最初から悩まないのではなくて、いろんなことをトライアンドエラーでぶつかって行った先に起きることだと思う。

 

 

先日は駒の話をしましたが、僕は飛行機に似てるなってこの話を書きながら感じました。

 

 

飛行機は高度が高くなれば、安定して自動で航路を進むことができます。しかし、離陸するときはどうでしょう。勢いはかなりあるように見えますが、その分だけ不安定です。

 

つまり、安定するフェーズがやってくるまでは、いろんな不安定なことを乗り越えていかないといけないということだと僕は思うんです。

 

 

よく回る駒は音がしなく、凛としているという話を先日の記事で書きましたが、いろんなことを試行錯誤した先に音がしない凛とした駒がやってきます。だから、最初からは難しいと思うんです。

 

 

むしろ、悩むことは進んだ先にある「新しいものに出会っている」からこそ起きるんだと僕は思うんです。もちろん、知っているものに対してはあまり悩みませんからね。不確実なものに悩むんです。

 

 

だから、僕は悩んでもいいと思います。

 

 

ちょうど、僕のゼミの先生がこの問いに対するひとつの考えを話していました。先生が曰く『昔は落ち込むことや悩むこともあった。友達に落ち込んでいることを話したり、くよくよすること自体が悪いことだとは思わない。だけど、時間が限られているからこそ、できるだけ前に進みたいと思ったからすぐに切り替えようって思い始めたんだ。』と。

 

 

 

本当にその通りだなと僕は思いました。

 

 

最近は、僕も深く悩む前にノートに自分の不安な気持ちや悩みを書くようにしています。こんなことを思っていると。

 

 

 

それに対して、どうしてそう思うのか、具体的にどういうこと?などと自問していきます。そうすると、自分が何に対して悩んでいるのか、本質的な原因は何なのかが見えてきます。

 

大抵のものは悩む必要がなかったりします。

 

 

 

そういうことも含めると、僕が思うに悩んでもいい(けど、悩みをはっきりさせて、それに自問していくという『悩み』を『考え』に変える作業をすることで次に進むことができる)と思います

 

 

新しいことに出会って、学び続けて、また行動して…そうやって、僕らは一人では世界を変えられる人間にはなれないけど、少しだけみんなのチカラになれる人間になれるんじゃないでしょうか。

 

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