コハタのコトバ

コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

On your mark.

On your mark.

 

スターターの声とともに、スタートラインに左脚を出す。そのとき、時が止まったような静けさに包まれて、緊張感は増す。

 

 

スタートしてしまえば、もうあとはゴールまで400mトラックを何周かして走るしかないんだ。それでも、あの一瞬はいろんな考えが張り巡らされる。自己ベストは出せるだろうか、次の瞬間どうなるだろうか、一直線に並んだ脚を見て少し不安になったりする。

 

 

それでも僕らは自分の走った時間として出された数字と向き合って、何度も何度も不安と戦って、それでもスタートラインに立つ。

 

 

僕がジョガーではなく陸上競技に復帰して、また走ることを選んだ理由の一つにはそこがある。

 

 

前に書いた記事で「この4年間で自分を追い込むということをやってきただろうか?」と僕は書いた。

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

他人のアクションを応援する。

でも、実際には自分が一番、行動を起こすという「スタートラインに立つ」ことから遠ざかってきた。

 

 

自分の日常に苛立ちを感じても、燻っている自分のアクションに対しても、

感じているけど何もできずという期間が続いてきた。

 

でも、他人の充実している様子をSNSで見ては、自分を肯定できなくなっていく。

 

 

 

誰かに何かを言われることを怖れるくせに、何かをしてもらえることを期待している自分がいる。

 

自分の人生は自分の人生だ。自分が走ることでしか、自分の身体が限界へ挑むことは変えられないし、速くそして強くはなれない。

 

 

そんなシンプルなことだけど、ついつい忘れがちだ。

誰かがなんとかしてくれるかもしれない、仲間を集めてからやろう、もうこのままでいい。

 

 

「木幡、めちゃくちゃ走ってるよね。」

「15kmも走ってるの?」

 

最近、こんなことを言われる。

 

たしかに、1日10km以上もの距離を走るのは、5000mで16分30秒を切りたいからだ。

でも、それ以上に僕が走っているのは、自分から日常を変えられない自分の身体をスタートラインに持っていくための練習なんだ。

 

 

朝起きて、身体にだるさを感じて一気に走りたくなくなる。

でも、僕は着替えて、アディダスのシューズを履いて1時間走りに行く。

 

もっと言えば、ジョグをするだけではなく、レースに出るというのは目標に向かって行動する、結果を受け止めてまた修練することの練習だ。ジョグだけをしていれば、自分の想像のなかで生きてられる。

 

でもレースにでれば、自分の目標のタイムに挑むというキツい壁が待っているし、集団についていけなくなるかもしれないし、思い通りに行かないかもしれない。そりゃ、ナーバスにもなる。

 

On your mark.

 

あの瞬間がどれだけ緊張することか。

早くレースが終わってくれと超思うし、レース前なんてあと5分待ってと思うこともある。 

 

 

それでも、その壁を超えて挑むことが達成感として返ってくるし、結果を出すことが次の自分になる。

 

 

誰かにしてもらって何かが起こるんじゃない。

自分が走り続けて、レースに出続けることでしか、自分の目標は近づいてこない。

 

 

 

過去のレースを振り返って自己ベストが出せるんじゃない。

前を向いて走ることでしか、自己ベストはやってこない。

 

 

自分の身体ひとつで挑むことで例えたら、こんなにもシンプルなのに、22歳になろうとする自分は月並みなことを忘れてしまう。

 

 

燻っても、苛立っても、

最後は自分が走り出さないと何も変わらない。

 

景色も、自分も。

 

 

On your mark.

 

やっぱり諦めようはない。代わりに走ってくれるひともいない。

 

自分が自分に、どれだけスタートをかけられるか。

そして、走り出せるのか。

 

 

さあ、位置について。