コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

師を持たない人は、誰の師にもなれない。

大学 私生活 活動

先日、ちはやふるの下の句を映画館に観に行きました。そこで見ていた人たちのなかで泣いたのは僕だけだろうという謎の自信があるくらい泣きました。マイプロに重ね合わせて、つい感動してしまいました。

 

chihayafuru-movie.com

 

ツイッターでも言ったんですが、最近青春感あふれるアニメや映画を見ては号泣してます。本気で頑張って、トライアンドエラーを繰り返していく姿を見てマイプロと重ね合わせています。

 

そして、とても良い話だなと思うとはまってしまいます。映画を見たあと、上の句の部分を見ていなかったのでアニメでそれに当てはまる部分を土日ぶっ通しで見ました。そしたら、またまた号泣。とっても良い言葉が出てきすぎて。

 

もう、Evernote直行です。良い言葉が出てきすぎて、ちはやふるに出てきた言葉」というノートをつくりました。笑

 

ストーリーはふっ飛ばしますが、ちはやふるの中に出てきた言葉に胸を打たれました。

 

師を持たない人間は だれの師にもなれんのだ 

 

宙ぶらりんだった2年間

僕はいま仙台の端っこの方にある宮城大学事業構想学部事業計画学科で3年生をやっています。

ちなみに、大学の後輩がこんなんです。面白い人々です。笑

 

大学に入学した2014年から2年。今まで僕は大学の中で「これをやっている」というものを何もしてきませんでした。講義への出席も4回休めるうち4回休むみたいな…。それならまだしも、途中でばっくれた講義も多数。

 

1年生のときはまだ甘かったので、そんなに酷い状況ではありませんでしたが、2年生の1年間は本当にボロボロで進級もギリギリでできました。逃げに逃げてきました。

 

そんな感じで過ごしてきた僕なので、インプットも不足してきてつい最近まで脱水症状だって分かってるのにフラフラ走ってるような状態でした。もちろん、そんな状態なのでプロジェクトもうまくいかないことばかりだし、大学1・2年生の後輩たちに対しても示しがつかないことばっかりだし、高校生に教えれることなんてひとっつもなかった。

 

まぁそんな木幡真人のクズ伝説は、いつかつい最近の苦しみが笑える季節になった頃に筆を執ろうと思うのですが、そんな逃げまくりな僕も気づけば大学3年生。年齢にしてハタチ。

 

迎えた大学3年生。始まったゼミ。

クズな木幡真人も大学3年生を迎えました。

 

近辺の方々へは既に報告させていただいたのですが、研究室の配属が決まり、入学当初からお世話になっている風見正三先生のもとで学んでいます。

 


Rebuilding after the earthquake: Shozo Kazami at TEDxTohoku

greenz.jp

 

また、入学後に風見先生と同じくらいお世話になってきた佐々木さんという方が今年から大学で教員となり、時間があるときに伺って大学のことや法人のことを相談しています。今日も3時間くらい研究室でお茶を飲みながら話していました。笑

 

3年生に上がって、おふたりと話す機会があって『大学で学ぶことに真剣になって。』と伝えられたことがありました。大学は2年生のクズさからは脱さなければ!と思っていたので、そのように思っていましたが、最初のときは思っていた以上に大学に集中しなさいと言われているようでその他のことに悩み始めました。今話すと、約1ヶ月の悩みはそこだったのです。

 

kohatanokotoba.hatenablog.com

 

最初は、よくわかりませんでした。そんなに真剣にならなければいけない理由が。

 

でも、大学でおふたりと話し込んでいくうちに分かってきました。高校生のときの「くじらステーション」を立ち上げた実績を持つだけの我流な木幡真人から、もうひとつ上がらなきゃいけないこと。学んでいくことが、絶対にストックとなって実践にも良い影響があること。高校生に大学でこれをやっているって伝えられることを持つということ。良質なインプットが、良質なアウトプットに繋がる。理論と行動の両立が本当の学びであるということ。

 

絶対にここで学ぶことが、僕自身の幅と深さを広げてくれる。ただ大卒という肩書きをくれるだけではないということを。

 

そして、聞いたあの言葉。

我流でやってきた僕にとって、宙ぶらりんな現状、頭打ちな状況は変えていかなければいけない。

 

そして、僕は偶然ですが、ちはやふるを見ていて『師を持たない人は、誰の師にもなれない。』ということに気づきました。

 

これは、師をもたずにひとりで競技かるたを続ける名人とクイーンに対して向けられた言葉。

 

自分で出来ることに越したことはないのかもしれない。大学に入ってから、僕自身誰よりも出来ると思っていた。周りの人なんてたいしたことないなと。周りの人たちも同じようなことを言う時があります。特に大学というものに大きな期待を持って入ってきた1年生なんかは。

 

それが悪いことでもないと思います。実際に、大学って思っているより意識の高い人なんて多くはない。事実だから。

 

だけど、それを理由にここで学びたくないというふうにすり変えてしまうのはちょっと違うのかなって最近は思います。自分の過去への戒めも込めて。

 

実際、学ばないでいるうちに、自分の知識だけでやっているうちにうさぎとかめじゃありませんが、負け始めます。自分のアウトプットにキレがなくなってきます。こんなに自分ってショボいのかって思うほど。

 

実際、高校生に僕が教えれることって今現在そんなにストックがないなって実感しています。知識的な面、キャリア的な話、僕自身が大学でやっていること諸々を含めて。自分のやっていることを、理論づけて分解したり、説明できるチカラって本当に必要だなって思っています。

 

だから、やっぱり自分にとっての先生を持つこと、学び続けることって必要だなと思います。ちはやふるを見ていて、僕が高校生のアクションが生まれるコミュニティを作り続けていく、自分自身が前を走っていく以上学び続けないといけないと実感しました。

 

僕は幸運だった

幸いにも、僕には師とする人がいた。

 

慶應SFCのように全国のソーシャル系の高校生がAO入試を受けていきたいと思う場所でも、逆にここはもう無理だ!って思うほどの大学でもないけれど。

 

前述したように、風見先生と佐々木さん。昨年までは、たまにしか相談できなかったり、学外じゃないと会えなかったのが、messengerで連絡してすぐに相談したり打ち合わせできる。もちろん、そのことには深く感謝をしなきゃいけないと思っています。

 

僕と風見先生が出会ったのは、高校3年生の時でした。研究室が行っていたあるワークショップに参加して出会いました。

 

当時、その後こんなにもお世話になるとは思っていませんでしたが、あのとき出会って本当に良かったなと思っています。実際、これまでの2年間の堕落生活から立ち直そうと思えているのはこの周りにいる先生たちのおかげです。

 

その人たちとの楽しさやこの人たちについていきたいという希望がなければ、僕はこの大学が嫌いなままで終わっていると思います。だから、僕は本当に大学に入る以前から出会っていて良かったなと思っています。

 

実は良い先生たちは見つけていないだけ

僕も大学を辞めて活動だけにしたい、休学をしたい、SFCにいきたいなどたくさんネガティブなことを思ってきました。この大学嫌だ、面白い授業がないと嘆く後輩も何人も見てきました。

 

さっき言った通り、それは自分の見えている範囲では事実なため悪いとは思いません。そうだったからこそ、見つけられたこともたくさんあると思っています。

 

でも、実際先輩などと飲んでいるときとかに、大学の話になると『大学でこんな授業を受けて良かった。』とか『あんな先生と話せて良かった。』『この先生に出会って自分は変わった』という話をよく聞きます。

 

当然、そういうのって過去のものになって気づくこともあると思います。

 

僕も高校の頃、自分に共感してくれる友達なんていないって思っていたけど、実はそうじゃなかったのって卒業式の夜に感じました。そういうことじゃないか…。

 

でも、やっぱり大学の講義とか先生とかって、教えるに値するだけの実績は持っていると思うんですね。それがどんだけつまんねえって思ったとしても。だって、実績なきゃ教授になれないでしょ。

 

いずれにしても、学ぶことって大切だと思うんですよ。僕は。

 

このタイトルの、先生になれないって意味じゃなくても。

 

何かしているって人は特に。

 

マイプロを自分のなかで深めたり、いろんな事例を知ってインスピレーションを得たり。はたまた、人を巻き込んでいくときに共感を広めるために、言葉に落とし込まなきゃいけない。それって、やっぱりいろんなところに対応する言語を持っていたほうがいいなって思うんですね。想いを伝える手段として。

 

インプットをして、アウトプットをして。それを繰り返して、より自分の理想に近づけていける。

 

それが狭いところに限定するんじゃなくて、広く構えた方が収穫できるものもその時々によって違ってくる。幅が出てくる。

 

だから、僕は学んだ方がいいんじゃないかなと思っています。

 

とにかく、僕は頑張っていこうと思います。

ちょっと、説教くさくなりましたが、とにかく僕は大学にいるのが過去2年間に比べてかなり楽しくなってきました。

 

ゼミも始まって、いろんなプロジェクトを考えています。

 

最近、法人のほうも動きがあって、話し合って絡まっていた糸がほどけました。具体的な発表は後ほどとさせていだきます。もちろん、法人の活動も僕は続けます。

 

ただ、大学にいる時間がかなり増えそうです。いろいろと、楽になったからなのかもしれませんが、大学にいることが楽しくなってきました。環境的要因もあります。僕が知っている人たちが、大学の先生になったり知っている人が大学院で学び始めたり。いいなって思える環境が、偶然にもできつつある。

 

だからこそっていうのもあるし、周りの人たちが言う通りせっかくここの大学にいるんだからインプットは精一杯やっていこうと思います。理論と行動の両輪駆動で。

 

自分の行動のためにも、高校生へ自分が大学で何をやっているのか胸を張って言えるようにも。

 

マラソンで言えば、残りの20キロ。マラソンは前半よりも後半のラップタイムが上がる、ネガティブラップのほうが好成績になるそうです。だからというわけではないですが、残りの2年追い上げようと思います。笑