コハタのコトバ

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コハタのコトバ

木幡真人の『コハタのコトバ』

信じていたことが、実は今の自分に合わなくなっていたりする。

自分はそうなると信じてやまなかったことが、自分でも知らないうちに興味を失っていたということがここ数年いくつかある。

 

思い浮かべているだけなら、思い続けることができる。フワフワと。

 

でも、自分が悩んでいることをノートにツラツラと書き記していくと、実はそれ自体には興味を失っていて、でも変わることが怖いからズルズルとそれを信じていると自分を騙しているということがある。

 

例えば、僕はアナウンサーという夢がそうだった。中学1年くらいのときに、地元の放送局のラジオ番組を聴いて、アナウンサーになりたいと思うようになった。たぶん、スポーツが特別できるわけでもなく、何か一芸があるわけでもない自分にとって、唯一報道系の仕事は向いてると思った。

 

社会のことを考えるのは好きだったし、自分が目立ちたいと思っていたから合っていた。そして、その曲のアナウンサーの人たちと一緒に働きたいと思った。

 

だから、中学を卒業するまでは、本当にアナウンサーになると思っていた。

 

でも、高校に入って現実を突きつけられる。成績は下から数える方が早く、これではアナウンサーになれないと思った。勉強は頑張れば、なんとかなると思ったから希望があったけど、中学のころ一緒にラジオのことを語っていた友達とも疎遠になり、部活も忙しくなり、番組も次第にあまり興味のないものに変わっていき、関心がなくなっていった。

 

正直、中学のころもアナウンサーになりたいという気持ちよりも、自分が聴いていた番組のアナウンサーと一緒に働きたいという一種のファン心理のような部分が強かった。だから、他局のアナウンサーになる気はそんなになかった。

 

その曲の番組を聴かなくなった高校2年当時、本心ではアナウンサーという目標はなかったんだと思う。でも、中学のときにみんなに言ったという思いや、今まであったものがなくなって何のために頑張ればいいのか分からないという思いがあって、中々手放せなかった。

 

それが、本当に解けたのは大学一年のときだった。別に、アナウンサーになって、ニュースを読みたいわけで、人前で話したいわけでもないんだと気づいた。

 

でも、地域で頑張っている人を伝えたいという想いはあって、それを自分が創っていくというのを考えたときに、アナウンサーになるよりも、自分でメディアを立ち上げる方が早いと思った。

 

そんなふうに、自分でも知らないうちに縛られて、気づいたら本心は離れているのに呪文のように唱え続けているものは少なくない。僕の場合、目標があるから頑張れる人間なので、今まであった目標を手放すことはとても怖い。

 

でも、違うと薄々感じているのに、わざわざそれを目標として信じ続けることも必要ない。それをなぜ好きになったのか。なぜ、それになりたいと思うようになったのか。自分が今好きなものは。

 

という問いかけをして、次の目標を入れていけばいい。

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